第31話 襲撃の犯人
翌日の朝、オットイが目を覚ました時、隣にティカの姿がなかった。
いつもは遅れて目を覚ます彼女にしては珍しい。
後を追うように、メガネをかけて階段を下りる……前に、ウィングの部屋を覗いた。
ノックをして開ける。
ベッドの上では、ターミナルを抱えて、ウィングが眠っていた。
いつも起きる時間よりも一時間も早いのだ、まだ寝ているのは当然だった。
……やっぱりティカが早く起きただけなんだ……。
一階に下りる階段の途中で、厨房に立つティカが見えた。
着替えもせず、ネグリジェのままである。
そんな格好じゃ風邪を引くよ、と声をかけようとして、息が詰まった。
ティカが手に持っているのは包丁をはじめとした調理道具。
オットイがプレゼントしたもの……のはずだ。
両手で持てるサイズの木箱には見覚えがある。
その全ての調理道具がひん曲がっていたり、砕かれていたり、無残に破壊されていたのだ。
ティカはそれらを直そうとしていたが……、
刃のついた道具を誤って扱い、指に傷を負ってしまった。
「ぃたっ」
と声が漏れて、血が出た指を口で吸っている。
オットイが一段下りた。
ぎし、と鳴った階段の軋みに気づいて、ティカが振り向く。
彼女はすぐに壊された道具を背中に隠した。
「早いな、オットイ。まだ寝ててもいいのに」
「…………手当て、しないと。その指」
遅れて、怪我をした指も背中に隠したが、遅過ぎる行動だ。
ほら、とオットイが手を差し出すと、悔しそうにティカが指を前に出す。
血を水で洗い流しながら、
「オットイ、ごめん……貰った道具、壊されてた……」
ティカにいつもの元気がなかった。
壊した犯人への怒りよりも、申し訳なさの方が勝ったのだろう。
いくらティカでも、人から貰ったものを壊されれば、元気良く強がってもいられない。
「ティカのせいじゃないんだから仕方ないよ。また、お金が貯まったらプレゼントするから」
「それだといつまで経ってもオットイは……」
言いかけて、ティカが口を閉じた。
オットイにもその先は分かる。
いつまで経っても仲間と合流なんてできない。
でも、この場所に心地良さを感じている今、それでも良いかもしれないと思っていた。
「食材は?」
「……うん、また潰されてる。設備は大丈夫そうだけどな……」
夜中の内にやられたのだろう。
大きな音は立てられないため、設備の破壊には踏み込めなかったのだ。
道具なら持ち出して外で壊してしまえばいい。
ティカはなぜか箱にしまっていたので、道具が一網打尽にされてしまったのだ。
食材は、使えなくしてしまえば目的は達成される。
直接、踏み潰さなくてとも、有害物質を混入させてしまえば、これもまた一気に全てを使い物にできなくさせられる。
用意するのはひとまず食材だ。
簡単なものなら食材があるだけで開店できる。
「……くる人はどうせステータスアップ目的だし、味や見た目は気にしないと思うよ」
しかし、勇者フーランが禁止しているために客がくるかは分からないが。
だとしても、三日連続で臨時休業にだけはさせたくなかった。
オットイ、ティカ、ウィングの三人で買い出しに向かう。
外出中にまた店を狙われるわけにはいかないので、ターミナルを留守番させた。
門番に魔王を使うという、なんとも勿体ない采配だ。
買い物は順調に進み、店で出せる料理に必要な材料を買い集めていく。
その途中で、ウィングが一つの果物に目をつけた。
「ウィング? それは必要ないんじゃないの?」
「ああ、そうなんだけど……あの子に買っていこうと思って……」
「あの子……? ターミナル?」
ウィングが頷いた。
男のフリも忘れて、どうしようかなー、と口調までが柔らかくなって、元のウィングに戻ってしまっている。
どうやらたったの一晩でターミナルをお気に召したらしい。
……魔王だって、知ってるのかな?
わざわざ明かす必要もないので二人には明かしていない。
フーランとのやり取りやらで気づいているかもしれないが、誰の口からも明確にターミナルが魔王であると発言はしていない。
だから魔王と知らずに接している可能性はじゅうぶんにある。
気になったが、聞いてみる前にオットイに声をかけた人物が後ろにいた。
「昨日ぶりですね、オットイ」
勇者のフーランが珍しく部下を連れずに一人だった。
特徴的な制帽も被っておらず、綺麗な金髪がいつも以上によく目立っていた。
「あ、今日はオフなんですよ」
はぁ、とオットイが返答する。
制帽は被っていないがいつもと同じ黒服であった。
「じゃあ、ここで会ったのは偶然ですか?」
「いえ、オットイを探していたのです」
僕を? と言った後で恐る恐る確認してみる。
「……店には、行きました?」
「行く途中で見つけたので、僥倖でした。
もぬけの殻を訪ねるところでしたからね」
もし、すれ違ってフーランが店に行ってしまっていたら、留守番をしているターミナルとばったりと出遭ってしまう。
しかも彼は設備を壊されないように臨戦態勢を整えているはずだ、最悪の出会い方である。
小料理店で再び勇者と魔王の一騎打ちが始まらなくて良かった、と安堵の息を吐いた。
他の考え事で上の空だったオットイを不審に思ったフーランが、身を寄せてくる。
「状態異常でもついているんですか? 話しているのは私ですよ」
いつもより若干優しいフーランに戸惑ってしまう。
話し方は同じだが、威圧感がないのだ。
それはつまり、オフだからなのだろうか?
部下がいない事で視覚的な圧迫感がないのもそう思わせているのだろう。
「僕になんの用ですか?」
「はい、頼まれていたものの結果が分かったので、その報告をと」
頼んでいたもの? とオットイが首を傾げる。
勇者のリーダーになにかを頼むなんて、恐れ多くてできないはずだが。
「頼みましたよ。ほら、あなたの――」
そこから先、勇者フーランの動きは早かった。
背負っていた剣の柄へ手を伸ばし、力強く掴む。
腰を落として視線を動かし、周囲を見回す。
僅かな変化も見逃さなかった。
「いましたね」
風を斬る音が聞こえ、オットイの耳のすぐ真横を通り過ぎるものがあった。
「――おい、兄ちゃんッ!?」
買い物をしている店の店主が叫び、オットイが振り向く。
そこにはティカを庇って矢を腕で受け止めていた、ウィングの姿があった。
右腕に深々と刺さった矢を抜こうとするが、中々抜けてくれない。
「ティカ、離れてろ! まだ矢がくるかもしれない! オットイ、ティカを!」
「――わ、分かった!」
ウィングの言う通り、再び矢が放たれた。
今度はまったく別の場所からだ。
だが、放たれた矢はフーランの剣によって途中ではたき落とされていた。
「建物の壁面を張り付いてでも移動しないとできない攻撃ですね……、
どうやら、一匹のようですし」
これが多人数であれば迷ったが、しかし矢を放っているのは一人だ。
フーランは、一匹と表現していたが。
しかもその矢の行き先は、迷い無くティカへ向かっている。
「やはりティカと店を狙っていたのは、魔族でしたね」
フーランが瞳を閉じた。
どうせ相手の姿は見えないのだ。
なら、聞く事に集中する。
壁に張り付き移動する音を聞き取り、フーランが飛び出した。
あっという間に、オットイから見たらフーランの体が手で覆える大きさになる。
「――ウィング!?」
緊張の糸が切れたように、その場で倒れてしまったウィングの傍に寄るオットイとティカ。
この瞬間も狙われているかもしれないが、倒れたウィングを放っておけるわけがなかった。
「バ、カ……、なんでティカを、連れてきた……ッ」
責められるオットイを押しのけて、ティカが体を乗り出した。
「バカはおまえだ! あたしに当たる可能性を残せば、ウィングなら手ではたき落とせたはずだろ。あたしに絶対に当たらないように、わざわざ受ける必要はなかったんだ!」
そう、空振りし、ティカに当たる可能性があるが、はたき落とす方法を取っていれば、少なくともウィングが怪我をする可能性はなかった。
それをウィングは、自分を犠牲にする事でティカへ降りかかるかもしれない可能性を〇にまで引き下げた。
ティカは絶対に助かるが、ウィングも絶対に怪我を負う選択をした。
「バカ野郎……!」
「でも、ティカは助かった。……それでいいじゃないか」
すると、後ろから店主が顔を出して、矢が刺さったままの傷口を見る。
「……毒が塗られてるな……早いとこ毒をどうにかしねえと、全身に回ったら死ぬぞ!」
「ど、どうすれば!?」
顔を見合わせ、慌てるオットイとティカの前に、すたっと着地する人物がいた。
その右手には、全身に切り傷をつけられた、二足歩行をするトカゲのような魔族がいた。
「解毒剤なら持っていますよ。これを飲ませてあげれば助かると思います」
フーランが腰を落とし、あっさりと矢を抜いた。
小さく悲鳴を上げるウィングの口元へ、解毒剤を小さなビンから注ぐ。
飲み込んだウィングの顔色が、やがて元の色へと戻っていった。
「他に仲間はいないようです。逃げられた形跡もありませんし、潜んでいる可能性もないようです。私の索敵に引っかかる程度の敵はいないはずですよ」
フーランよりも強い敵となると、いないと断言はできないが。
だがフーラン以上となると、思い浮かぶのはターミナルくらいだ。
「ですけど、一応、警戒はしておいてください。元凶がこいつとは、思えませんから」
魔族の元凶と言えば最も上に位置する魔王を連想してしまう。
フーランは今この瞬間に、魔王を問い詰める事で頭が一杯になっただろう。
「……その人、死んでるんですか?」
「生きていますよ、かろうじて、ですが。知っている事を話してもらわなければなりませんから。……あと、オットイ。魔族は人ではありません」
フーランにとって譲れない部分なのだろう、細かい事にも訂正を求めた。
……人間とは違うかもしれないけど、魔族も、僕たちと同じ……。
そんな思考を読み取ったわけではあるまいが、フーランの視線に怖じ気づいた。
オットイは過呼吸気味になりながらも、……はい、と頷いた。
魔族を引きずりながら立ち去ろうとしたフーランが、あ、と思い出して振り返る。
「昨日頼まれた、オットイがはぐれた仲間の事ですけど」
「あ、はい」
「既に全滅していました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます