第30話 一夜をともに

 すると、帰り際である。

 勇者……フーランがオットイへ声をかけた。


「はぐれた仲間の位置、探しておきますか? 手間はかからないのでどうぞ」


 そう言われたので、オットイは素直に甘える事にした。


「岩村出身で、そこから旅に出た旅団の一員です」

「分かりました。じゃあ、見つかったら連絡しますよ。……ここにいますよね?」


 はい、とオットイが頷き、店の扉が閉められた。

 人が減って、一気に店の中が寂しくなる。

 それでも四人いる。

 いつもよりは多いのだ。


「じゃ、オレも――」

 と、ターミナルが腰を上げた。


「え、どこで一夜過ごすの? 宿屋に泊まるお金もないんじゃ……」


「オレはどこでも寝れるから平気だ。

 いつもは屋根の上とか家と家の間とか。だから気にするなよ」


「気にするよ! ……野宿なんてしないでさ、泊まっていきなよ」


 おい! と家主であるティカから声が上がり、オットイが慌てて訂正した。


「ごめんティカ! でも、僕と入れ替わりで、ターミナルを泊めさせてあげてよ。

 僕はミサキに頼んで、依頼の報酬で泊めて貰うからさ」


「……違っ、そうじゃなくてだな!」


「ありがたいけどさ、オットイ。もしかして毎日オレを泊めるつもりなのか?

 人間と違って、魔族はむしろ野宿が基本だからいらない心配だぞ?」


 この町が例外的なだけで、他の町で魔族は宿を借りれない。

 旅をする魔族は、家のベッドで眠る、という体験がない者がほとんどなのだ。


「それでも、外で眠るしかない友達を放ってはおけないよ」

「……優しさだけで言えば、一番、勇者らしいよな」


 しかし、力の伴わない優しさは、互いの首を絞める事になるのだが。


「泊まるのか? だとすると、部屋はどうする?」


 反対意見のないウィングが話を進める。

 それを止めるように、ティカが割り込んだ。


「だから! あたしを置いて話を進めるなよ!」

「ティカ……ダメ、かな? なんとかミサキに頼み込んで、僕は一旦、出て行くから――」


「誰もダメとは言ってないだろ。勝手に出て行こうとするな。

 ……別に、この家が三人までしかいられないわけでもないだろ」


「え、じゃあ――」

「いいよ、泊まったって。というかそいつにはまだ弁償代貰ってないし、返して貰うまでは泊まり込みで働かせるつもりだったしな」


 初耳である事情にターミナルが首を伸ばした。


「なんだ弁償代って」

「大量の皿を割っておいてよく言うな。道具だって壊れたんだぞ」


「あいつ、勇者だってそうだろ!?」

「フーランからはもう貰ってる。結構、多めにな」


 最後の方は鼻歌交じりであった。

 いつの間に……、と思ったが、受け渡しの隙は多くあった。


 フーランから、とは言ったが、部下の男たちが渡していたのだろう。

 ターミナルと小競り合いをしていた彼女に、そんな受け渡しをしている暇はなかったはずなのだから。


「か、金がかかるな人間の世界は……!」

「魔族の方は違うんだ?」


「魔族は大きな肉とかを……」

 と、始まってしまったオットイとターミナルの会話を、

 ティカがとにかく! と断ち切った。


「全部返すまでは働けよ。泊まり込みだから、宿代は勘弁してやる」

「じゃあ、ターミナルはティカの部屋に」


「いや」


 ティカがオットイの首に手を回して引き寄せた。


「オットイが、あたしの部屋な」



 オットイが自分の寝袋を持って、ウィングの部屋からティカの部屋へ移動する。

 部屋に入った途端、甘い果実のような、ティカの匂いがした。


 部屋の中はウィングとは違い、物で溢れていた。

 整理整頓されていて汚いわけではないが、物が多いので圧迫感がある。

 二人で過ごすには少々、手狭だろう。


 以前、ティカの部屋には二度、入った事があるが、じっくりと見たのは初めてだった。

 カーテンや机のマットなど、花柄のデザインが多く見える。


 机の上には写真立てがあった。

 幼いティカと、母親だろう……が写っている。

 ティカに似て、綺麗な人だった。


「……ウィングはまだいない時なんだ」


 ふと視線を上げれば、机の前の壁には多くの母親の写真が貼られている。

 ティカがどれだけお母さんを好きだったのかがよく分かる。


 ――寝袋の用意をしていると、ティカが部屋に入って来た。


 ティカによると、ウィングとターミナルは、もう一つの部屋で意気投合しているらしい。

 面倒見の良いウィングに、ターミナルはぴったりだろう。


 そしてターミナルなら、ウィングの秘密にすぐ気づくはずだ。

 となると明日からぼろが出ないかが心配になる。

 注意深く見ておく必要がありそうだ。


「床で寝るつもりなのか?」

「そうだよ。いつもこうだし、ウィングの部屋でもこうして寝てたから」

「家なのに、なんで野宿みたいな感じに……」


 ティカが両手に抱えているのは二つの枕だ。

 一つは当然、自分のものだろう。

 なら、もう片方は……?


「わっ!?」

 と、首根っこを掴まれ、持ち上げられた後、ベッドに倒されたオットイ。


 もっと端! とティカに押されて、壁に背中がついた。

 思わず瞑ってしまったまぶたを上げれば、目の前にはティカがいる。


 一つのベッドに二人で眠る。

 朝起きたらこの状態だった――なら、戸惑いが強くて気にもしないが、だけど最初からこうだと羞恥が勝った。


 女の子だと後から発覚したウィングとは違う。

 ティカは、あんな口調でも女の子なのだから、甘い匂いを漂わせて目の前にいられたら、絶対に意識してしまう。


 パジャマはネグリジェだ。

 肌が透けるほどの薄さである。

 その上、凹凸はしっかりとあるのだから目に悪い。


 ごくり、と唾を飲み込んだオットイに、ティカが手を伸ばす。

 鼓動が早まった。


「……メガネをかけたまま寝るのか、おまえ」

「え、あ、……そうだね」


 言われてはずすと、……視界がぼやけた。

 視力に関してはメガネに頼っている部分が多く、目の前にいるティカの顔も今ははっきりと見えていない。

 背景とティカの輪郭が混ざり合って、区別できないくらいだった。


 すると、激しかった鼓動が落ち着きを取り戻した。

 見えなければ、ティカはまるで、男友達のように安心できる。


 気づけば睡魔が現れ、意識がやがて落ちていく。


「一生こき使ってやるからな」


 そんな不穏な言葉を、オットイは睡魔で聞き逃した。

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