第29話 レベルアップの落とし穴

 俯いたままだったオットイの肩に、ターミナルが手を置いた。


「元気出せってオットイ。あの勇者、魔族を嫌うが仲間の勇者は大事にするんだな。

 近くにいた部下の数人を人質に取ったら、あっさり引いてくれたんだぜ」


 勇者からしか見えなかった視界の中で、魔王とのやり取りがあったのだろう。

 オットイからすれば、唐突に両手を上げたようにしか見えなかったのだ。


 ……振り返ってみれば、ただターミナルの邪魔をしただけではないのか、と思う。

 オットイ程度がなにもしなくとも、ターミナルは一つも苦戦などしなかった。

 退治される事など、あり得ないのだろう。


「たぶんオットイの言う通りだけどさ……、でも嬉しかった」


 ……みんながオットイみたいだったらなあ――、という呟きは、ターミナル本人も口に出そうとしたわけではないのだろう。

 思わず漏れた、みたいなトーンである。


 オットイも、だから聞こえなかったフリをした。

 すると、遠くの方で扉が開く音が聞こえた。


「おまえら! またサボってる!」


 時間がかかっていたので様子を見に来たティカである。


「げっ! ――オットイ、荷物持って早く逃げるぞ! 

 位置的に一番最初に捕まるのは勇者だからな!」


「どうですかね? ドチビちゃんの足のリーチとは違いますから」


 風が通り抜けたと思えば、あっさりと追い抜いて行く勇者に、二人が度肝を抜かれた。


「あい……ッ、速過ぎるだろ!?」


 結局、ティカが投げたフライパンは最後尾のオットイの頭に当たり、続けて運悪く、ターミナルの頭に落下した。



 片付けを終えた後、勇者一行は本来の目的を思い出した。

 ティカの料理についている、ステータスアップやレベルアップ効果について、だ。


「できれば、勇者に食べさせたくはないんですよね」

「なんでだよ、みんな喜んで食べていったぞ、あたしの料理」


 でしょうね、と頭痛を感じたのか、指でこめかみを押さえる勇者のリーダー。


「……ステータスアップは、いいんですけど、レベルアップが問題なのです」


 ステータスアップは、魔法やアイテムの代替として、むしろ禁止するよりも積極的に使ってほしいと彼女は言う。

 しかし、問題視しているのはレベルアップの方だ。


 正規の手順を踏むと圧倒的な時間がかかるレベルアップ。

 これが料理を食べただけで上がるとなれば、手を出そうとする勇者は後を絶たない。

 簡単にレベルアップできてしまうというのは、褒められる事にも思えるが、これはこれで後戻りできない落とし穴がある。


「……成長の振れ幅が、小さいんですよ。――そこのオットイ」


 勇者でも店員でもなく、そこの、という肩書きになってしまった。

 それでも、はいっ、と返事をしてしまうのは下っ端根性ゆえか。


「あなたがレベル2になったとして、料理を食べてただステータスの数値が50程度上がっただけなのと、新しい魔法や特別なスキルを覚え、さらに数値が平均100程度上がっていたのだとしたら、どちらが良いですか?

 正規の手順を踏む場合の大変さは、あなたには言わなくても分かりますよね?」


 そう問われれば、後者の方が良いに決まっている。

 だが、簡単にレベルが上がると言われれば、半分程度の成長でもレベルアップ効果の料理を食べてしまう気持ちは分かる気がする。


 レベルの数値はそのまま自分の立ち位置も示すのだ。

 なんとなく、レベルが上の者には逆らえない、そんな風潮がある。


 そんなルールなどないし、レベルの低い方が一騎打ちで勝つ事ももちろんある。

 ようはステータスの数値だけが勝負の全てではないという事だ。


「……地位のためだけにレベルを安易に上げるバカが増えていましてね。レベルが高いのに雑魚の魔物に負けるという事例もいくつか出ています。レベルを基準に旅団の構成員を決めていたりもしますから、レベルに見合わない実力だと目算が歪んで意図が崩れてしまうわけです」


「……それで、あたしにどうしろって?」

「勇者を断るか、料理を作らないでもらいたいですね」


 ばん! と力強く、ティカがテーブルに手をついた。

 オットイとターミナルがびくっと驚き、ウィングと勇者一行は微動だにしなかった。


「……人気が出てきて、これからって時に――どっちもできるわけないだろ!」


「一旦時間を置く……その方が良いのではないですか? 

 ……どうやら妨害も出ているようですし」


 オットイが思い浮かべたのは破壊された設備や潰された食材である。

 ……もしかして、と思った事がそのまま、ティカの中でも生まれたようだ。


「おまえらがやったのか、あれを!」

「違いますよ。私たちではありません」


 簡単に信じられる事ではない。

 それは彼女も承知の上だ。


「私たちはこうして交渉にきています。理由も説明しました。元々、料理を否定するつもりもないんですよ。ただティカの料理は今のところ思った効果をつけられないみたいじゃないですか。

 ランダムで効果が決まる、と。

 それだと運が悪ければレベルが上がってしまう可能性があります。ですから、それを上手く操れるようになってもらいたいんです。そうすれば、積極的に使わせてもらいたいですから」


 レベルアップを否定しているだけで、ステータスアップは肯定している。

 振り返れば、彼女は最初からそう言っていた。


「一旦、店を閉めて練習してほしいのに、設備を壊してどうするんですか。

 ティカに料理をできなくしても、私たちにメリットはありません」


 言われてしまえば、そりゃそうだとしか言えない意見だった。

 ティカも、うぎぎ……、と歯を噛みしめている。


 ……ここで犯人が見つかれば、手っ取り早かったのは確かだ。


「アドバイス、ではありませんが、言えるとするなら……勇者側に犯人はいませんよ」


 それは同時に、魔王側にいると言っているようなものだった。

 ターミナルは当然、嫌味のような言い方に気づいていたが、なにも言わなかった。


 言い返せば相手の思う壺、だというのを咄嗟に判断したのだろう。

 魔王側の仕業だという証拠もない。


 逆に言えば、いくら理由がそれらしくとも、勇者側が犯人でない証拠もないが。

 色々と言われたが、結局、犯人は分からず、惑わされた挙げ句に振り出しに戻った感じだ。


「……店を開くのはいいですけど、勇者には料理を出さないでください。

 私の名前を出せば、文句を言ってくる者もいないでしょう」


 彼女は、フーラン、と名乗った。

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