第27話 最悪の邂逅

「そいつは金持ってんの?」


 あ、とオットイが気づく。

 持っているわけがない。


 ……お金を取らなくても、と言いたいところだったが、ティカとウィングの生活が厳しいのを知っている。

 たった一品でも、タダで食べさせるのは痛手なのだ。


「ターミナルは持ってない、けど……僕のから引いといてよ」

「……そんな事で使ってたら、いつになっても目的に届かないと思うぞ」


 核心を突いたティカの言葉にぐさりと心がやられたが、ここでターミナルになにも出ないとは言えない。

 それに、もしかしたらティカの料理のファンになってくれるかもしれない客を、みすみす逃すわけにもいかない。

 だからまったく惜しくなかった。


「……冗談に決まってるだろ。お金なんて取らない。

 ここで取るなら、毎日オットイから取ってるからな」


 ティカがウィンクをしてフライパンを操る。

 やがて、料理が作られていった。


「……ティカ、もしかしてだけどさ」


 ティカと背中を合わせ、作業中のウィングが声をかけた。


「あの子をオットイみたいに雇うつもりなのか……?」

「使えるのなら。どの道、食った分は手伝って貰うけどな」


 ティカが味見をし、うん! と納得の声を上げる。

 ……この行程を経ているのに、出来上がるのが誰もが悶絶する味である。


 ウィングが皿を運び、ターミナルの目の前に置かれた。

 空洞になっているイカの中に、米と海で捕れた余った食材を炒め、全てを詰め込んだ料理である――それを目の前にして、ターミナルの表情がぱぁっと輝き出した。


「食ってもいいのか!? 食うぞ、全部食うぞ!?」

「ああ、いいよ。責任を持って全部食えよ」


 そして、ターミナルは言葉通り、全てを食べ終えた。

 綺麗になった皿がティカの手元に回される。

 たぶん、彼女は堪えたのだろう。

 しかし、くすっ、という笑い声が確かに聞こえた。


「ティカ」

「――な、なんだ!?」

「美味しかったって。ターミナルが」


「……そう、それなら――」

「良かったね」


 まるで自分の事のように喜び、笑いかけてくれたオットイを見て、思わず手が出た。

 ぽこん、という軽い音と共にオットイが頭を押さえるが、痛みは感じなかった。


「……他になにが食べたいのか、聞いてこいよ」


 それからしばらくの間、客は一人も現れなかった。

 恐らく振りまかれた悪評のせいだろう。

 ただでさえ不味い料理なのに、肝心のステータスアップに異常が見られていると、ある事ない事を言われてしまえば、客足も遠のくはずだ。


 これまでの一週間が夢だったように、店内は以前の静けさを取り戻す。


「……どんだけ食うつもりだおまえ」


 料理道具をそっと置き、傷つけないようにしまって、ティカが肘をつく。

 ターミナルの胃は、まるで許容限界がないかのように料理を吸い込んでいく。


 美味しいと褒められ続け、調子に乗っていたティカもさすがに疲労を感じ始めたのだ。

 食材も当然、消費されていく。

 客足が少ないとは言え、残しておかなければならない。


「……ごくん。ぷっ、はぁ! オレの腹に、限界はないんだよ」


 言って、皿を斜め上へ放り投げる。

 テーブルの上に積まれた皿の一番上に乗り、ぐらぐらと塔が揺れている。

 いつ崩れてもおかしくない状態であるが、ターミナルは意識を向けていなかった。


「次は?」

「誰が出すか。おまえは絶対にこき使ってやるからな……!」


 消費した食材の数などを考えたら、この痛手を巻き返すためには、ターミナルにはオットイ以上に働いてもらう必要がある。

 待ち構えるハードな労働環境の事も露知らず、ターミナルは歯の隙間に入った食べカスをのんきに指で取っていた。


 もう少し早く料理を作るのをやめていれば良かったのだが、ティカの手が止まらなかった。

 もう一回、もう一回だけ……、と引き延ばしている内に、相当の量を作ってしまっていた。


「……オットイのせいだ」


 呟いたティカが、高級な木を使った両手サイズの箱を眺める。

 今日は一段と手がよく回った。

 その手が握ったのは、新しい道具であった。


「おかげで馴染んだから、いいけどな……」


 すると、扉の外に気配を感じた。

 一人ではない……、一〇人はいるのではないか。


 壁越しで、押されるような圧を感じ、ティカ、ウィング、オットイが自然と身構えた。

 そして扉が開き、入店を知らせる鈴の音が鳴り響く。


 圧に身じろぎ一つしなかったターミナルが、入ってきた人物を見て、瞳を鋭くさせる。

 椅子の上に立ち、足をテーブルにかけた。

 瞬間、ターミナルの体が猛スピードで扉まで向かって行く。


 放物線を描くような軌道ではなかった。

 最短距離の一直線である。


 パリンッッ! と連続する音が響き渡る中、魔王の赤い角と、青い鞘に収まっている剣が衝突している。


 扉を開けた彼女は制帽を被り、長い金髪が衝撃により、なびいていた。


 彼女の後ろには、同じ制帽、黒い服装で身を固めた男たちがいる。

 剣を抜いている者は一人もいない。

 ……反応できたのが、彼女だけだった、という話だ。


 魔王の一撃を受け止められるのは、力が拮抗している彼女だけである。


「……こんな所でエンカウントするなんて、相変わらず不幸ですね、ドチビちゃん」


 言葉に反応し、赤い角の先端がバリッと煌めいた。

 それは彼の感情に比例して激しくなっていく。


「オマエも、いつもみたいに股間にイチモツつけ忘れてるぞ?」


 次の瞬間には、爆音が店全体を揺らしていた。

 二人の周囲にあったテーブルや椅子が、激しく外側へと吹き飛んでいく。


 彼女についてきていた後ろの男たちも、衝撃により町中へと散乱していってしまう。

 店内はもっと酷い状態だ。

 食器や食材やらが地面を転がっていき、まるで重力が真横へ移動したかのように、壁に張り付いてしまっている。


「うぎぎ……!?」

 と、オットイとウィングも同様に、壁に張り付いていた。


 すると、からんと軽い音と共に、青い鞘が捨てられた。

 中身は引き抜かれており、ターミナルの眼前には銀色の刃が見える。


 剣を握っている手ではない反対の手には、赤い煙のようなものが渦巻かれており、やがて球体になった。

 発射されたそれをターミナルが手の平で握り潰す。

 まともな人間なら火傷では済まないだろう熱であったが、魔王である彼には、傷一つつけられない。


「そんな低レベルな魔法を使ったところで――」


 そう、ダメージにはならない。

 しかし彼女の狙いは、ターミナルに炎の処理をさせる事だった。


「欲を出せば三桁の炎を出して一斉放火したかったのですけど、

 こちらをおろそかにもできませんし……妥協案です」


 こちら、と言った彼女の視線は一瞬だけ、右手の剣に向けられた。


「……抜き身そのままじゃなさそうだ」


 恐らく強化されている。

 でなければ魔法に割く魔力を多くしているはずだ。


 炎を処理してしまった事でターミナルの動きがワンテンポ遅れる。

 だが、魔力を消費するだけなら体勢は関係ない。

 片方へ体重が寄ったままでも、角の先端に溜まっている魔力を前に解き放つだけなら、一瞬でおこなえる。


 後は、その帯電されている雷と剣、どちらが速いか、である。


 しがない小料理店の中で、魔王と勇者の戦いの火蓋が、切られた――!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る