第26話 ティカとターミナル
「オットイ、そいつ、誰?」
勇者の一団が去った後、開店時間まで残り僅かだと気づいた。
一度遅刻しており、その時のティカの不機嫌さを思い出すと絶対に遅刻はできない。
そのためターミナルをそのまま連れて、オットイたち三人は店まで戻ってきた。
なんとか時間までには間に合ったが、ティカのおかえり、の言い方が強い。
余裕を持って戻った方がいいらしい。
そして、ミサキを見つけてなぜかオットイが睨まれ、
次にターミナルを見つけ、出てきたセリフが、そいつ誰? である。
説明しようとして口ごもってしまったが、なにも取り繕う必要はない。
思ったまま、あるべき関係を説明すればいいだけなのだ。
「この子はターミナル。さっき仲良くなった……友達だよ」
「フーン。どっちから話しかけたんだ?」
一緒に食べる? と食事に誘ったのが、オットイである。
「あ、僕だよ」
「依頼の最中に余裕あるよな、おまえ」
……誤解されている。
というかティカもオットイ同様に勘違いをしている。
なぜ怒っているのかは分からなかったが。
「オットイのねーちゃんなのか?」
と、ターミナル。
同い年だが、ティカの方が上に見えるらしい。
「違うよ、ティカは……えっと、友達なんだけど、でももっと親しい……家族かな」
「じゃあ、ねーちゃんなんじゃないか?」
オットイが兄、という考えはないらしい。
確かに、もしもきょうだいとすれば、オットイは末っ子になるだろう。
「家族、か……」
「ティカ。ねえティカ、聞いてる?」
厨房から宙を見つめてしまっているティカへ、何度も声をかける。
「……なんだよ」
「勘違いしてると思うよ。ターミナルはこの見た目でも男の子だよ」
えっ、とティカが素の声を出した。
今までのは不機嫌さを演出するためにあえて低く出した声だったのだろう。
やっぱりティカでさえも騙されていた。
「大丈夫、僕も最初に間違えたから」
「へえ、女の子と思って声をかけたわけ?」
隣にいるミサキが肘でオットイの脇を小突いた。
小さく、バカね、と言われたが、なにが間違っていたのか分からない。
ティカのフォローをしたつもりだったのだが……。
「ティカ、オットイは別に女の子だから声をかけたわけじゃないと思うぞ。
たぶん、困っていたから親切に声をかけた……だろ? オットイ」
ウィングの言う通りである。
オットイがうんと頷くと、ティカは表情はそのままだが、納得はしたようだった。
「おまえさ、あたしの目が届かないところで勝手に人脈を広げるな。
色々と、その、雇い主として困るだろ」
視線を逸らしているのは彼女も苦しい理由だと自覚しているからだろう。
いくら雇い主とは言え、そんな権利はないのだから。
「ごめん……、じゃあ、次からは広げないようにするけど……、
もし今日みたいな事があったらすぐに報告するから」
「報告とかじゃなくて。別に禁止もしない。あたしをなんだと思ってるんだ」
えっ、と今度はオットイの素の声が出た。
オットイは反発する事なくティカの言葉を聞き入れ、自分からすぐに別の案を提示した。
しかし、報告する、など、まったく家族感のない言い方だ。
隣にいるターミナルが、嫌悪感を表情に出していた。
「……クソみたいな勇者システムの弊害だよな、これ」
と小さく呟いた。
ティカは言いたい事が上手く伝わっていない事に煩わしさを感じ、だが誤魔化した部分を言葉にする事を嫌った。
しかし言わなければ伝わらない。
たぶん、オットイには一生。
なので、重かった口を一気に開く。
「……あたしも連れて行けって事」
「え、でも、だって店の下準備とかあるでしょ?」
当然の疑問をただ言っただけだったが、ティカだけでなくミサキからも不評を買っていた。
オットイの頬がぐいっと引っ張られる。
力尽くで視線を合わされたオットイは、頬を引っ張られているため上手く喋れない。
「い、いふぁいんふぁへど……」
「黙って頷いておけばいいのになんで余計な事を言うかなこの口は」
気を遣ったつもりだったのだが、どうやらまたしても悪手となってしまったようだ。
その辺りのさじ加減は未だに難しく、手馴れていないオットイである。
「ほら」
と、引っ張られたままの頬を離され、じんわりとした痛みが引くのを待つ。
その間にも、ミサキに背中を叩かれ、前へ促された。
言うべき事は分かるよね?
という無言のプレッシャーを背中から感じながら、オットイがティカと向き合った。
「……じゃあ、次は一緒に行こうよ」
オットイは、なんの葛藤もなくすんなりと言った。
「おう」
と、ティカが即答する。
「じゃ、わたしは宿屋に戻るから。あんまり遅いと代役に心配させちゃうし」
と、ミサキが店を出る。
扉の前まで見送ったオットイの耳元で、
「この店に置いとけば勇者のリーダーと会う事もないでしょ。
数日間は外に出ない方がいいと思うし……じゃ、ティカの説得は任せた!」
そう最後に重要な仕事を全て丸投げして、店を後にする。
……説得? と、今のオットイには説得するべき事がなにか気づけなかった。
その後、看板に開店中、と張り紙を張って、店内へ。
壊された設備は通常通り動いているようで、問題なく開店できる。
安堵の息を吐きながら店を見渡せば、ターミナルが端っこの席で座っている。
壁に張られているメニューを見ながら、
「オットイ、おすすめの料理とかあるのか?」
「あ……、食べるの?」
やめといた方がいいよ、という言葉を飲み込んだ。
一応料理店である。
それに味は酷く不味いとは言っても、体に悪いものはなに一つ入っていないのだ。
不味い分、ステータスアップ効果もあるわけだし……。
となると、純粋に腹を満たすためにきたターミナルには高いハードルだろう。
……でも、魔王だし、美味しいって言ってくれるかもしれない。
言ってくれれば、喜ぶティカの顔が見られるはずだ。
そんな打算的な考えを持ったまま、オットイがおすすめの料理をティカに頼んだ。
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