第25話 危険な交渉

 ……あの人が、リーダー……?


 金髪の女性を囲むように人が置かれているのだから、恐らくはそうなのだろう。

 そして彼女と相対するのは、この商店街の、一応代表である、杖をついた老人だ。


 かつて、魔族の手からオットイとティカを逃がしてくれた恩人である。

 二人の会話は遠くて聞こえづらいが――、もう少し前へ出る事ができれば、声を拾う事ができそうだ。


「ミサキ、僕ちょっと――って、なにしてるの?」


 彼女はターミナルの後ろから、ターミナルの両目を手で押さえて隠していた。

 そんな事しなくとも、人の背中で小さいターミナルは前など見えやしないのだが……。


「いや、だって、ねえ……」


 と、ミサキがオットイを、前へ行け、と足で促す。


 おい! オレは!? 

 と叫ぶターミナルを置いて、ミサキもオットイの後を追う。


 振り向けば、人混みに流されたのか、ターミナルの姿がなくなっていた。


「よしっ」

「よし、じゃないよ。なんでターミナルを突き放すような事……」

「だって、見せたらまずいよ」


 前へ出た事で円の中心にいる二人の声が聞こえるようになった。

 しかしオットイは、それよりもミサキの言葉が気になった。


「まずいって……、どうして?」

「……知らないの? あの人、勇者勢力のリーダーでしょ?」


 視線を素早く動かし、金髪の女性を見る。

 ……あの人が、リーダー……?


 勇者勢力の中でも末端の、さらに末端のオットイは、存在さえも知らなかった。

 この一団のリーダーだと思っていたが、まさか勇者全体のリーダーだとは。


 そりゃいるだろうけど、リーダーなんていたんだ……、である。

 本当に自分は蚊帳の外にいるんだな、とオットイは再確認した。


「……それにしても、ミサキって色々とよく知ってるね」


 ターミナルの事も、魔王だと見破っていた。

 どちらの勢力にも属さない一般人が知る知識量ではない気が……、

 いや、オットイが極端に知らないだけで、町では誰もが知っている常識なのかもしれない。


「誰もがってわけじゃないよ。つまり、わたしがすごいのっ」


 それから、二人の視線が老人と勇者の女性に向けられた。

 ……本当に女の人、だよね? と思ってしまったのはこれまで二度、性別の勘違いをしているためである。

 ティカ並に膨らんでいる胸を見れば、あれで男、とは思えないが。


 老人と女性の会話は当然途中からだ。

 断片だけを聞いても内容は理解できない。

 むー、と唸り、耳を澄ませながら頭を回転させるオットイの隣から、


「あの勇者の人が、この町に自警団を設置したいんだって」

「えっ、一瞬聞いただけで分かったの!?」


「前々からあの人が交渉にきてるの知ってたから。でも、こんなに大勢できたのは今日が初めてだよ。……説得できないから、実力行使に出たわけじゃないといいけど……」


 魔王にさえおかしいと言わせる町の人々も、武装した勇者たちに気圧されている。

 野次馬になるので精一杯なのが証拠であった。


「……我々は自警団を必要としておらんよ。あんたらの手を借りるつもりはない。この町を勇者の拠点にしたいのならば、諦めなされ。

 あぁ……、元よりある施設は、普通に使ってもらって構わん。当然、客ではあるのだからな」


「拠点にしようとは思っていませんよ。勇者を町に配置し、事件があればその都度、対応するためです。私たちはあなた方をお守りしたいだけですから」


 女性は微笑みを見せるが、疲れが見えていた。

 逆に、老人は自然体で会話をしている。


「いらんよ。この町は自分の身は自分で守る、という昔からの生活環境があるのでね。今更、部外者を信用する気にはならんのだ。ましてや勇者……、極力、あんたらを入れたいとは思わんのだがね。だが、この町は自由だ、訪れる自由を奪うわけにもいかんのだ」


 露骨に嫌な顔をする老人。

 魔族には寛容なのだが、勇者には少々手厳しい。


「なんで勇者が嫌われてるんだろ……」

「オットイはさ、魔族の事、嫌い?」


 人の形をしているが、どこかの部位が魔物になっている者を魔族と言う。

 たとえば頭が鰐であったり、下半身が馬であったり、羽が生えていたりなど。

 共に生活してみれば分かるが、人間と大きく違いがあるわけではないのだ。


 考え方も似通っており、違いは男女の差、くらいしかないだろう。

 それなのに、人間は魔族の事をその見た目から嫌悪し、忌避している。


 見た目で差別をしているのだ。

 そのため人間と魔族が同じ町で暮らしているのはとても珍しい。

 恐らく、世界中を探してもこの町だけではないだろうか。

 他の町でも、秘密裏に同居している場合はあっても、こうして堂々と同じ生活環境を共有している場所はない。


 オットイはこの一週間、色々な人と繋がりを持った。

 中には魔族もいるのだ。

 元々嫌っていたわけではないので、心変わりをしたわけではない。


 だが、この町に訪れる前の場所では、魔族も勇者の事を嫌っていたので、仲良くなる事なんてできなかった。

 けれどこの町にきて、初めて魔族の知り合いができたのだ。

 ……良い人ばかりである。


「嫌いなわけないよ」

「うん、だよね。勇者の中にもオットイみたいなのがいるって分かってるんだけど……、

 それにしたって勇者は魔族を嫌い過ぎてると思うの」


 そもそも、勇者の目的が魔王を倒し、世界を平和にする事であり、その手下である魔物や魔族も同時に敵として見ている。

 勇者になる者は、魔族に大切な人の命を奪われ、心に傷を負っている者が多く、仕方なくはあるのだが。


 だから勇者の多くが正常であり、オットイが例外なのである。


「この町は魔族も人間も関係なく過ごしてるから。勇者がくると、ほぼ毎回、魔族が退治されそうになるんだよね。なにもしていないのに、いきなり、退治されるべき! と剣で斬りかかられれば、そりゃ嫌われるよ。

 そんな状態で自警団として勇者をこの町に導入するわけがないのに……」


 そこだけ聞くと、勇者が話の通じない野蛮な悪者に聞こえる。

 しかし町の外の魔族は、人間を襲ったりしていたのだ。


 だからそういう事情もあるのだと、勇者側の事も分かってもらいたかった。


「昔からの対立だし、難しいところだもんね。魔族も自分の力を誇示して威張る人も少なくないし、勇者の考えを全否定するつもりもないけどさー」


 魔王と勇者、互いの一番上の者同士が話し合えばいいのでは――、

 と安易に考えたオットイだったが、話し合いになるはずがないと読めてしまった。


 勢力の末端でさえ、凝り固まった固定観念を持っている。

 その上に立つ者なのだ、強い意志を持っているに決まっている。

 直接、顔を合わせれば、その場で世界を懸けた大規模な戦いになってしまうように――。


「……あっ、だからターミナルを……!」


 もしもターミナルがあの勇者の女性を見ていたら。

 多くの勇者と町の人がいる中で、町を破壊するような攻撃をしていたのではないか。


 ミサキの機転が利いていなければじゅうぶんあり得た可能性だ。

 オットイは、今になってぞっとした。


「やっと理解したんだ……。じゃあここから先の事もちょっと考えてみたら分かるよ」


 そう言われたので、考えてみる。

 ……なんだか先生と生徒みたいだな、と思った。


 無知なオットイに教えるミサキ、という構図は、みたいではなくその通りだったが。


「しかしですね、いつあなた方に牙を剥くか分かりません。分かっていますか? 

 隣の家で生活しているのは、魔族なのですよ?」


「しつこい。

 これ以上、我々の大切な仲間を侮辱するのであれば、おまえさんの頭を貫いてみせようか?」


 老人が杖を持ち上げ、金髪の女性の額へ向けた。

 それと同時に周囲の勇者が一斉に剣を鞘から抜くが、手を上げ、女性が止める。


「必要ないですから」


 そして、老人の杖に怯む事なく、


「では、今日はこれにて。また後日、改めて伺います」

「何度来ても答えは同じだがな」


「ええ、ですから、提案の仕方を変えながら。

 あなた方が満足できるような方法を考えてみます」


 そう言って、女性は老人に背を向けた。

 片手を上げ、手首をくいっと使って、団員を呼ぶ。

 周囲にいた二〇人を越える団員が二列に並んで女性の後ろをついて行く。


 オットイたちとは反対側にいた野次馬たちが、ささっと、まるで集まった虫のように壁際へと避けた。

 大きく開いた通りを、勇者の一団が通り抜ける。


 ……後日改めて、と女性は言った。

 一度、別の町に戻るとは思えないし、この町に留まり、もう一度交渉をするのだろう。

 となると、


 ……オットイが閃いた。


 あ……っ、と声に出して、ミサキが、そーいうこと、と自慢げに返した。


 数日間、勇者がこの町にいるのであれば。

 その間、ターミナルをどうにか会わせないようにするしかない。


 もしも会ってしまえば、その時点で大規模な戦闘が始まってしまうだろう。

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