第24話 魔王でもきらう町

「ターミナルは初めて来たの?」

「いや……たまに寄ったりするけど……、できれば通りたくない」


 魔王が支配する世界の西側と、勇者が管理する東側、その間にこの町が挟まっている。

 どちらかに行くためには自然と町を通る事になるのだが、多くの者が、時間がかかるが町の壁に沿って迂回する手段を選ぶ。

 初めて来た者は近道をしようと町を訪れるのだが、二度目からは町に足を踏み入れようとはしない――、そう思うなにかが、この町にはあるのだ。


 生まれ育ったミサキには分かるはずもなく、既に一週間を越えて生活しているオットイも訪れたばかりの時の事を忘れてしまっている。

 ようは町に慣れて、あの時に感じた驚きが、普通の事である、と埋もれてしまったのだ。


「この町は、


 自警団がいないため、町の人は自衛をするしかない。

 そのため、自然と町の人々は強かになったのだ。


「極限までお金を搾り取ろうとするんだ……ッ! あと色々盗まれた!」


 お金は、どこだろうと高い価値がある。

 この町に限った事ではないが……、

 ただ盗みをしてもそれを咎める法律がこの町にはないため、中でも旅人が集中的に狙われる。


 町の人同士で盗み合う場合もあるが、盗む手法、守る手法をどちらも把握しているため、やってやり返されての繰り返しで終わりが見えない。


 そのため、旅人を狙うのが当然になったのだ。

 旅人からすれば、取り返そうにも町の人は強い。

 しかも生まれ育った町という事もあり、町の人には地形の利がある。

 団結されてしまえば勇者だろうが魔族であろうが、手出しができなくなってしまうのだ。


 一度訪れた者は二度は訪れない。

 それが旅人が年々減少し、宿屋の経営不振に繋がっているのだが……、

 改善される気配は今のところ見られていなかった。


「でも、魔王ならすぐに取り返せるんじゃないの?」


 魔王勢力にいる魔族の一人であるならともかく、次世代とは言え、魔王である。

 まさか町の人の、たかが数人に泣き寝入りをするはずもないだろう。

 力は当然、あるはずだ。


「……まあ、やろうと思えばすぐに取り返せるけどね」

「じゃあやればいいじゃん」

「んぐ……っ。いやあ、オレ、魔王だし、なんだか大人げないよな、って思って」


 彼の視線がミサキとまったく合わない。

 強過ぎる力の加減が難しいとか、そういう事だとオットイは予想していたのだが、そういうわけでもないのだろうか?


 ……気を遣っていたわけじゃなくて?

 魔王であれば人々の犠牲など構わず力を振るう……気を遣う時点でおかしいのだ。


「あー、なるほどー」

 と、ミサキは得心がいったように、表情を緩ませた。


 へらへらと、自分よりも小さい少年をいじめて可愛がるような目だった。


「……なんだよ」

「単純に力と力のぶつかり合いじゃないから苦手なんでしょ?」


 たとえば相手が勇者ならば、ターミナルは力を振るって殲滅できたはずだ。

 しかし、この町の人々はなにも武器を持って飛びかかってくるだけの脳筋ではない。

 そういう戦闘能力が劣るからこそ、話術を含めた非戦闘能力を駆使しているのだ。


 魔王にとっては、というか運のなさもあり、ターミナルには効果てきめんである。


「すぐ騙されそうだもんねあんた」

「そんな事ない!」


 いや……、オットイもそれには同意した。

 すぐに人を信じてしまいそうだ。


 自分で言うのもなんだが……、一緒に食べる? と誘って、笑顔で即答するのもどうかと思っていた。

 警戒心はないのか。

 まあ、空腹で背に腹は変えられないと思っていたのかもしれないが。


「くっ……! バカにしやがって……ッ!」

「なによ、事実を言っただけでしょ!」


 べー! とミサキがあっかんべーの形で舌を出す。

 子供の可愛らしいケンカだ……、なのだが、片方が魔王なので静観したままでいるとこの町どころか世界が滅びかねない。


 彼の赤い角の先端がバチバチと音を立てる。

 小さいが、帯電している。

 眩しい紫色の点滅がミサキとオットイの目を刺激し、思わずまぶたを下ろした。


 次の瞬間に目を開ければ、彼の帯電は収まりつつあった。

 ターミナルは首だけを明後日の方向へ向けていた。


「……? なんか、人が集まってるぞ?」


 ここからでは分からないが、通路が人で渋滞してしまっている。

 何度か商店街にきているが、こんな光景は初めてだった。


「ミサキ、ターミナル、行ってみよう」

「えー、この人混みの中を行くの?」

「空飛ぶか?」


 先になにがあるかも分からないのに、そんな目立つような事はしたくない。

 人混みではぐれないよう三人で手を繋いで中へ進む。

 幸い、三人とも体が小さいので隙間を縫って進む事ができた。


 必死に進んでいると、いつの間にか先頭付近へ出る事ができていた。

 しかしそこから先へは人の壁があるため進む事ができない。


 立ち塞がっているのは、剣を持つ一団である。

 全員が黒い制帽を被っており、統一されていた。


 円を作るように壁になっている者たちの中心には、一際背の高い人物がいる。

 全身を黒い服で包んでいたが、眩しい金髪が目に飛び込んでくる。

 それが肩に乗り、そのまま胸の前まで伸びていた。

 そして膨んでいた胸……、女性である。

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