第23話 路地裏の攻防
なんでも言う事を聞くからっ!
……という交換条件の下、ティカへの告げ口はなんとか許された。
ただ次に恐ろしいのは、ミサキから下される命令の方である。
なんでもとは言ったが、オットイにできる事であってほしいが。
履き直したスカートを揺らしながら、地図を片手に町を歩くミサキ。
その後ろからオットイがついて行く。
注目するのは狭い路地や家の通気口など、狭い場所だ。
液状化しているスライムはどこにでも入り込めるが、騒がしい場所は好まない。
そのためおのずと棲息する場所は限られてくる。
なので最初から商店街は捜索範囲外であった。
まったく探さないわけにもいかないが、それは本業である掃除屋がやってくれているはずだろう……、
数日間、臨時でおこなっているオットイたちがわざわざやる必要もない。
「――これで三匹目!」
赤、青、緑色のスライムが背中のタンク内で混ざり合っていた。
互いに溶け合う事はなく、きっちりと色が分かれていて見ていて面白い。
タンク内の容量限界が五匹というのは面積もあるが、それよりも重さだろう。
三匹目を入れたところでオットイの肩が若干痛い。
体の重心も少しだが、後ろへ持っていかれている。
「一匹いたら一〇匹はいると思ってて」
ミサキの指示通りしばらくはこの場所を探索した。
一度、町中にある大きなタンクにスライムたちを移し、背中のタンクを軽くする。
五匹も吸い込めばさすがに慣れてくる。
ミサキのナビゲートがなくとも順調に吸い込めるようになった。
二度目の移しを終え、場所も移動したところで奇妙なものを見つけた。
飲食店の裏のゴミ箱から生えている、二本の足があった。
「ひっ……!?」
ミサキが小さく悲鳴を上げてオットイの服をぎゅっと掴む。
勘違いしてもおかしくはない光景だ。
一瞬だけなら、オットイも死体が突き刺さっていると思ったのだから。
しかしすぐに動き出したのでそれはないと分かった。
じたばたともがき、足が地面についた途端、
ゴミ箱に突っ込んでいた顔が勢い良く飛び出した。
同時に、ゴミ箱の中身が周囲に散乱してしまう。
布面積の少ない衣服に包まれた褐色の体は、ミサキよりも小さい。
幼い……、
少年? 少女?
長い黒髪と、額から飛び出した小さな赤い角が特徴的だった。
見た目は少女に見える。
彼女はゴミ箱から見つけた食べ残しをその場で食べていた。
大きく開けた口には鋭い八重歯が見える。
あぐらをかいて片っ端から周囲の残飯を食べていくその姿は、動物のようにも思えた。
角があるから分かったが、彼女は魔族の方だろう。
「ん……?」
すると、彼女がオットイたちの存在に気づいた。
「ッ!?」」
と、慌てて周りにあった残飯を抱えられるだけ両手で抱え、身軽な動きで壁を足場に家の屋根へ移動する。
しかし、古くなっていたのか、足場の屋根が崩れ、少女が地面に落下した。
遅れてぼたぼたと落下する残飯を全身に浴びながら、うつ伏せで地面に倒れている。
そしてオットイたちの足音に気づいたのか、すぐさま土下座へ移行した。
「ごめんなさい! 全部っ、いますぐ返しますっ!」
散った残飯をかき集める少女へ、オットイが声をかける。
「いや、僕たちは通りがかっただけだから……」
とは言え、ゴミでも盗るのは良くない。
だが叱るのは場違いだし、かと言って見逃すのも違う気がする。
なのでオットイが取った行動は、やはりミサキを呆れさせるものだった。
「……ミサキ、報酬の前借り、できるかな?」
「あんた、……もしかして……」
そして、オットイが屈み、少女に顔を上げさせる。
「お腹空いてるなら、一緒に食べる?」
薬味が効いた香ばしい匂いが周囲に漂っている。
商店街へやって来たオットイたちは、こんがりと焼かれた肉が刺さっている串を手に持っていた。
報酬の前借りができても、料理店に入って食事をするお金まではない。
なので手頃な値段で売られている屋台にしたのだ。
赤い角が額から生えている少女は、両手に串を持ち、交互にかぶり付く。
口の周りに茶色のたれが付き、オットイが指で拭き取った。
なぜか、少女は急かされるように慌てて食べている。
「そんなに急がなくても無くなったりしないよ」
ごくん、と大量に口に含んだ肉を飲み込み、
「これがそうでもないんだよね、予想外は突然やってくるものだし」
串を持ちながら肩をすくめる角少女。
すると、
「危ねぇッ!」
と叫び声が聞こえた。
周囲が一斉に声の方向へ視線を向ける。
その先から、スライムが跳びはねながらこちらに近づいて来ていた。
スライムの後ろにはタンクを背負った掃除屋の姿があった。
オットイが、今も掃除機を持っていれば挟み撃ちにできたのに、と悔やむ。
掃除機を一旦、返してしまっているため、オットイの手元にはなかったのだ。
周囲の人が悲鳴と共に八方へと散っていく。
スライムに攻撃性はないとは言え、実際に触ってみると感触が気持ち悪い。
気持ち悪いものであるという認識が大衆に伝わっているために、体験した事がない者も同調して気味悪がって逃げている。
それはオットイとミサキも同様にだった。
さっきは掃除機があったから立ち向かう事ができたが……、
丸腰で相手をするとなると腰が引ける。
なので悲鳴と同時に既に動いていた二人だったが、オットイは隣にいない少女の存在に気づいて、すぐに振り向いた。
「早く逃げて、ターミナルっ!」
オットイが名を呼んだ。
しかし、赤い角の少女は迫るスライムをじっと見つめていた。
恐怖で動けなくなったのかもしれない、とオットイが引き返そうとした時だ。
少女の指が狭い路地へ向けられた。
スライムはまるでその指に操られるかのように、方向を変更する。
スライムの姿は狭い路地の先へ進み、やがて小さくなっていく。
「……どういたしまして」
と、八重歯を剥き出しにして串の肉にかぶりつこうとした少女だったが、串が勝手に宙に浮かび、猛スピードで前方へ進んでしまう。
いや、引き寄せられてしまう。
両手に持っていた二つの串は、吸い込み口からホースの中へ。
そして背負われたタンクの中に沈んでいく。
カラフルなスライムが茶色のたれのせいで濁ってしまっていた。
タンクの中は茶色一色の液体である。
「お、おまえら、食うな! 返せ!」
手元からなくなるとさらに空腹が加速する。
体全体を揺らすほど、大きくお腹を鳴らした彼女の顔に、偶然、風に流れてきた張り紙が張り付いた。
見通す穴のない仮面のように、前が見えないまま歩くものだから、壁に思い切り激突して背中から倒れていた。
顔に張り付いた張り紙を手の平で、くしゃ、と歪め、
「なんで、こんな不幸な目にばっかり……っ」
注意不足なだけなのでは?
とも思ったが、それがあってもやはり運もないのだろう。
「……ターミナルって、名前……あの子って、やっぱり……!」
ずっと静かだったミサキがやっとの事、口を開いた。
記憶の中にある知識を必死に探していたのだろう。
そして今、なんとか見つけ出せたのだ。
ミサキが、立ち上がったターミナルの元へ。
角の少女は串を掴んでいた両手を見つめて肩を落とし、分かりやすく凹んでいた。
「……なんだいおねーさん。片手のその串、くれるのかい?」
「誰があげるか。弱い男に恵むものなんてなーいよ」
……え、男? と、オットイはターミナルの容姿をもう一度眺める。
……いや、女の子、にしか見えないんだけど……。
だが、つい最近、逆のパターンで虚を突かれたばかりであった。
今までずっと男だと思っていたのが、女の子だった、というウィングの件である。
その体験があったからこそ、彼女……ではなく彼、ターミナルが幼女のような見た目でも男の子である可能性は、じゅうぶんにあると感じられた。
そしてその見た目も、年齢と合っているわけではない。
ミサキよりも年下にしか見えない幼い男の子だが、これまで生きてきた年数は、軽く一〇〇に近づいているだろう。
なぜなら。
彼は一〇〇年前の勇者と魔王の戦いの時には、命自体は既に存在していたのだから。
既に滅ぼされた魔王は、当時も見た目は若い青年だった。
何百年も君臨していても、見た目はまったく成長しないのが特徴である。
「……あんた、次世代の魔王でしょ……?」
オットイがぎょっとし、それを見たターミナルが思わず表情を緩める。
「魔王と知ってびびってくれる人が、まだこの町にはいたんだね……」
感動を覚えたようで、胸の前で小さくガッツポーズを取っている。
そして、胸を張って威厳を出そうとしているが、背伸びをしているようにしか見えないので見事に失敗していた……。
彼はそれに気づかないまま、
「そうだ、オレがこの世界の、魔王だ!」
と、名乗った。
……自慢げな彼の赤い角の先端に、小鳥が羽休めで止まった。
「あっ!」
と気づいた彼と同時、小鳥もまた羽ばたき、飛び立っていく。
しーん、と静寂が妙な間を作り、
「…………なんだよ。どーせ魔王らしくないとか思ってるんだろ!?」
彼が被害妄想と共に地団駄を踏む。
魔王と発覚しただけで、その一挙一動にはらはらしてしまう。
今の行為だって、やろうと思えば地面を割ることだって可能なはずなのだ。
恐怖こそ魔王らしいが、その立ち振る舞いは魔王らしくない。
しかし、らしくない事にオットイは否定をしなかった。
……だって僕も、勇者らしくないし。
思わず笑ってしまい、ターミナルに睨まれた。
魔王と明かされたからこちらも勇者だと言う必要はないのだが、オットイは自然と正体を明かしていた。
魔王と勇者が向き合えば戦闘が始まる、というのは当然、人による。
好戦的とはかけ離れたオットイが、その流れに乗るとは誰も思わないだろう。
ターミナルも目を見開き、拍子抜けしたように息を吐く。
「勇者って、全員がオレたちを目の敵にしていると思ってたな」
「そういう人の方が多いけどね。僕は別に……魔族のせいで誰かを失ったわけじゃないから、あまり思わないのかも」
それでも、勇者である事に変わりはないのだが。
すると、ターミナルが視線をミサキに向けた。
オットイの正体を聞いて疑ったのだろう……、
彼を魔王だと見破ったのは、ミサキが最初なのだ。
無名ではないが町を歩いていても魔王だと騒がれなかったターミナルである。
それを見破られたのだから、彼がミサキを警戒するのは当然だった。
「わたしは勇者じゃないよ。この町の宿屋の娘」
つまり、ただの一般人である。
なのだが、警戒色が消えないターミナルであった。
勇者であるオットイの方がまだ信頼できると言いたげな、距離の取り方である。
「……この町はおかしい」
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