第22話 依頼【スライム吸引捕獲】
朝を迎え、習慣となっていた店の下準備を終えた。
開店まではたっぷりと時間がある。
昨日はどうなる事かと思ったが、ウィングのおかげで設備はなんとか復活している。
後日、改めてメンテナンスをする必要はあるが、今日を臨時休業にする事は回避できた。
昨日の今日で休むのは店の評判に影響するし、店内を荒らした犯人へ、屈しないという意思表明にもなっている。
ウィングは休むのも仕方ないと言ったが、ティカが頑固に譲らなかったのだ。
……どうしても相手の思う壺にはなりたくなかったためである。
「ウィング、店の前の掃除終わったよ」
「おう、じゃあ今度は店内の――」
なんの仕事を任せようかと、店内を見回したウィングの髪の先端に、剥いた野菜の皮がついていた。
それを取ろうと手を伸ばしたオットイ――と同時、ウィングも振り向いた。
「わっ!?」
と二人同時に驚き、すぐさま距離を取る。
しーん、と店内の音が消えた。
自分の事を棚に上げ、過剰な反応に、なにしてんだよ、と不満の視線が注がれ、オットイの表情が苦笑で引きつった。
言葉を交わさないアイコンタクトで見つめ合っていると、準備中にもかかわらずティカが厨房から体を乗り出し、カウンターへ肘をついてじっと二人を観察していた。
「……二人とも、なんかあったのか?」
仲間はずれにされたと思っているらしいティカが苛立ちを隠さない。
しかし説明できないので、オットイはなにもないよ、と答えるしかない。
ウィングが静観しているのは、下手に喋るとオットイとの連携が取れないからだろう。
打ち合わせをしていないのだから意見が食い違うのは目に見えている。
オットイ自身もアドリブは苦手だと自覚しているためだ。
ティカの怒りの避雷針にオットイを使っている気もするが。
「あっ、僕そろそろ依頼に行かないと!」
ティカの追及を逃れる事はできなさそうなので、少し早いが店を出る事にする。
一週間の繁盛で黒字が続いていたが、店を荒らされた事で必要となった資金も多い。
オットイは蓄えていた僅かなお金をティカに渡している。
そのため、依頼を達成して稼いでおかなければならない。
必要だろうと思われる軍資金には、未だ程遠い。
「…………」
いつもならテキトーな返事でオットイを見送るティカだが、今日に限っては、黙って作業に戻った。
黙々と決まったルーチンを繰り返す光景は足が浮くように恐い……。
助けを求めようとウィングに視線を向ければ、こっちも知らん顔で仕事をこなす。
オットイはぎくしゃくした居心地の悪い空間から、逃げるように外へ出た。
「あ、今日は早いのね」
「……癒やされるなー」
クマ耳のかぶり物を被るミサキが見えて、オットイは安堵の息を吐く。
小さい体を包む大きいサイズの服がマスコット感を出していた。
オットイにとってはほぼ毎日来ているこの場所も、いるだけで落ち着くようになっていた。
まるで自分の家のような感覚である。
「ありがたいけど、のんびりされても困るから。あと、一度くらい泊まればいいじゃん」
「お金取るんでしょ?」
「当たり前。依頼でこっちからお金を奪うばかりで一銭も落とさないんだから!」
奪うとは失礼な言い方だ。
依頼を達成した報酬なのだから、貰えるのは当然の権利だ。
泊まってはいないものの、受付の隣にある飲み物などはちょくちょく買っているはずなのだが……。
「細かい銭をちょびちょび落とされても……もっとどかんと買わないとさー」
どんなに細かくとも絶対にまけないし、勘定も誤魔化さないミサキがそれを言うか。
ミサキの宿屋は、絶対に値切れない店として有名である。
「どかんと買うためにも、依頼をこなさくちゃね。なにかあるかな……」
受付の横のウッドボードに目を移す。
様々な依頼の紙が貼り付けられており、一つ一つ目を通した。
高難度のものはなく、レベル1の勇者でも、どれもさほど変わらない依頼だ。
選ぶ時間を要するわけもない。
……はずだが、オットイの場合は、結構真剣に悩む。
討伐依頼なら棲息地、採取依頼ならこれも同じく採取地も気にしなければならない。
道中の事も考えたり、今の季節、地形は変化するのか、など、細かくシミュレートしておかないと不測の事態にオットイは対応できないのだ。
町の外周近くで討伐、捕獲できる依頼をいつもは選んでいたのだが、さすがに毎日補充されているはずもなく、今日はそれらの依頼がなかった。
選り好みできる立場ではないが、いくら最弱魔物と言われようとも普通に殺される可能性もあるわけで……、軽いノリで決められるはずもない。
うーんと唸っていると、受付の向こう側でミサキががさごそと引き出しを漁っていた。
「そう言えばね、今日の朝に貰った依頼があったの」
差し出された紙には、スライム退治、と書かれていた。
スライム、と聞いて、うへえ、とオットイが嫌な顔をする。
打撃も斬撃も効かないので魔法で対処するのが正攻法となっているが、魔法が使えないオットイには荷が重い。
そもそも倒せないだろう。
分裂と復活を繰り返し、一生終わらない。
最弱魔物の一種として説明される事が多いが、人によっては、相性が悪ければ身の丈を越える竜よりも手強い存在として君臨している魔物だ。
オットイにとっては今のところ最強と言ってもいいかもしれない。
「あ、退治って書かれてるけど内容は捕獲ね。専用の掃除機があって、町の中に隠れてるスライムを吸っていって欲しいんだって。
一昨日くらいかな……、一カ所で大量に繁殖してたのが発見されて、掃除屋が対処してるんだけど、さすがに人手が足りなくて……。
遂にわたしのところにも依頼が回ってきたの。オットイはこういうの得意でしょ?」
直接、戦うのでなければ、オットイでもなんとかなるかもしれない。
依頼を受理すると、スライムを吸引するための掃除機が渡された。
吸い取ったスライムを溜めておくタンクを背負い、そこから伸びるホースを手に持つ。
先端に専用の吸い込み口を取り付け、試しにスイッチを押してみる。
背中のタンクが震え、手元が大きくブレる。
咄嗟に踏ん張り、ホースを両手で握る事でなんとか安定するが、気を抜けば上下左右に吸い込み口がブレてしまう。
慣れるまでは時間がかかりそうだ。
「このタンク、何匹くらいまで入るの?」
「うーん、スライムの大きさにもよるけど……五匹くらいかな」
となると、吸い込んで満タンになったら戻らなければならないのか。
「その必要はないよ。町中で作業してるはずだから、スライムをまとめてる大きなタンクがあちこちにあると思う。溜まったらそこに移動させちゃえばいいよ。あと、今回はわたしも一緒について行くから。――二人一組って決まりだからね! 変な想像しない!」
特にそこ! とオットイが指差された。
変な想像って……、頼もしいなあ、と思ったくらいなんだけど。
それはそれで勇者としてどうなんだ? という情けないものであったが。
宿屋から出る前に、
「ミサキ、ノルマは何匹?」
「特に決まりはないけど……二〇匹いけばいいんじゃない? 一人あたり大体それくらいだったはずだよ。得意な人が多く稼いでるから、その分、他の人のノルマが減ってると思うけど……そもそも、町にどれくらいいるのか分からないし……。
まあ書かれてないなら最悪一匹でもいいと思う」
それはさすがに嫌味を言われそうだとオットイは苦笑する。
「ここがスイッチだよね……吸い込みがこれで、吐き出すのがこっちのスイッチで……」
と最終確認している最中、指の押し込みが軽くとも機械は反応してしまうらしい。
意図せず、吸い込みが開始してしまう。
「うおッ!?」
「ひッ――!?!?」
重心が崩れたオットイが転び、暴れる蛇を捕まえるように、ホースを抱きしめながらなんとか停止のスイッチを押す。
ふぅ、と安堵の息を吐いて見上げれば、なんか、彼女には到底似合わない下着が見えた。
「…………あれ?」
……ミサキって、こんなに露出多かったっけ?
オットイの首は真後ろには回らないので分かるはずもなかったが、ミサキが履いていたスカートが、今は背中のタンクの中に入っている。
前を歩いていたミサキのスカートを、吸い込んでしまったのだ。
「…………さ、さすがの吸引りょくー……」
声が小さくしぼんでいく。
ミサキが大きめの服の裾を掴んで無理やり下へ引っ張り、応急処置として隠していた。
……ピンク色の、花柄だった……。
ミサキが顔を真っ赤にしてゆっくりと振り向き、目尻に溜まった涙を飛ばすくらいにキッと強くオットイを睨み付け、
「……ティカに、言いつけてやるッ……!」
それをされたら本当に殺されかねないので、すぐさま土下座をして謝り倒した。
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