第21話 優しい嘘
女の子。
そうなると同室なのも問題になってくる。
「今更意識するなよ。今から急に別の部屋に移動なんかしたらティカに気づかれる」
「で、でもさ……」
「おれは気にしない。だからオットイも気にするな」
そう言われても、普段通りにはいかないだろう。
風呂から上がったウィングと共に、オットイも自室へ戻る。
自室、と言うのもまだ抵抗があった。
ここはウィングの部屋だからだ。
一週間を越え、ウィングと共に過ごしている。
思えば、寝袋を洗濯している日は一つのベッドを二人で使っていた。
決して広くはなく、横になれば肩が触れ、挙動一つで相手を押してしまう。
夜中に何度もベッドから落とされた記憶がある。
ただ、それはお互い様だった。
「お前、ティカの前でもそんな反応するつもりなのか? おれは男だ。
そう自分に言い聞かせろよ。
どうせ決定的な証拠がなくちゃ分からなかったんだからな」
風呂場で裸を見なければ、一生、気づく事はなかっただろう。
ウィングの隠し方が上手いのか、オットイの目が節穴なのか……、
しかしティカも気づいていないので、オットイだけが間抜けというわけではないはずだ。
一週間気づけなかったオットイとは違い、ティカはウィングともう何年も一緒にいる。
……あれ?
性別は違うけど、姉弟……、じゃなくて、姉妹ではあるんだよね?
「……血の繋がりはない」
「じゃあ二人は、元々赤の他人だったんだ……」
「――そうさ。だけど血の繋がりのあるなしが、姉弟の基準じゃないはずだ。
義姉弟だって、ちゃんとした姉弟だ!」
思わず熱くなって叫んでしまってから、ウィングが口を塞ぐ。
隣の部屋ではティカが眠っているはずだ。
今の声で起きてしまう、くらいならばまだいい。
ただ意識がまだある中で今のセリフを聞かれるのはまずい。
「……ウィング」
「悪いッ」
「いや、口の塞ぎ方がさ……」
彼女は口を両手の指先で上品に塞いでいた。
その仕草はティカよりも女の子らしい。
演技力が高い方ではあるが、咄嗟に出てしまう女の子らしさは抑えられなさそうだ。
意識して見れば、意外とぼろを出している機会は多そうである。
「大丈夫、あのティカだ、多少詰めが甘くてもばれない気がする」
「それは僕も同感だけど、さすがにティカもそろそろ気づくんじゃ……」
もしかしたらもう気づいていて、何も言っていない可能性もある。
結局、確かめようのない予想である。
まさか直接聞くわけにもいかない。
藪をつついて蛇を出すわけにはいかないのだから。
「でも、どうして男の子のフリなんか……。
男だから、でウィングには辛い仕事やらが任されたりするんだよ?」
たとえば今日だって、故障した冷凍庫などの修理をティカに頼まれていた。
「それはおれが機械いじりが好きだからだし、得意だからだよ。
それを言うならオットイは頼まれていないじゃないか」
「僕は特別な技術が必要な専門分野は不得意なんだよ。
誰にでもできて、だけど面倒な部分を引き受ける雑用だから」
専門分野を安易に任せて、失敗されても頼む方も困るだろう。
「まあ、それだって立派なものだけど」
オットイの強みを育てたのは、任された多くの雑用なのだから。
「つらい仕事はやれば慣れる。それに……、
おれはそういった部分を引き受けたいがために男のフリをしているようなものだしな」
あえてつらい仕事を引き受ける。
女の子だと仕事が回されない事が多いためだ。
それにティカの隣にいるなら、男の方が都合が良い。
「女の子同士の二人暮らしなんて、危ないだろ」
オットイは頷きかけて、――いやいや! と手を振った。
「ティカってば強いじゃん!」
屈強な体を持つ魔族を撃退できる力がある。
町全体でも、ティカの存在が特異に映っているのが、この町に過ごしていて分かった事だ。
ティカが女の子だという事さえも忘れそうになるくらいなのだ。
今、ティカを襲う者がいるとは思えない。
返り討ちにされるに決まっている。
「今はそうだな。おれも、ティカには勝てないかもしれない」
しかし、昔と今が変わらないわけではない。
母親を失った当時のティカは、今よりももっと暗くて、外にも出られず、母親の形見を抱きしめているだけの女の子だった。
喋る事だってなかった。
その変化にはウィングも驚いた。
母親にべったりだった頃のティカを、ウィングは間近で見続けていたのだから。
「あの時のティカは、衰弱してそのまま死ぬんじゃないかって思って、恐かったんだ」
だから男のフリをした、わけではない。
ティカの母親が、町の外で助けたウィングを男の子と勘違いしたまま、訂正する機会もなくそのままだらだらと日々が過ぎてしまったのだ。
それから、母親が命を落とした。
結局、最後まで、あの人はウィングを男の子だと思ったままだったのだろう。
「あの人は恩人だ。だからあの人が残したものを、おれが守ろうと思った。……守るために、男と勘違いされたままの方が都合が良かったんだ。いくらティカがいま強くても、女の子で、あの人の形見だ。危険な役目は全ておれが引き受ける」
それがティカの隣に長年居続けた彼女の――今は少年の、意地だった。
「……そっか」
ティカがいない場で家庭の事情を大ざっぱに聞いてしまった事に罪悪感があったが、ウィングの事情を知るのに必要な事であった。
ウィングの事といい、色々と隠し事が増えてしまったオットイは心がパンクしそうだった。
鼓動の音が大きくなっている。
「大丈夫かよ、オットイ。お前、隠し事ができないタイプだろ」
あはは、と同意の笑いだった。
まったく力が入っていない。
「おれが女だって事だけ、ばらさないでくれればいいよ。後の事は、ティカの過去についてはおれがべらべら喋ったって事にしてくれればいいから。無理すんなよ」
「そんな! それじゃまるでウィングのせいみたいじゃないか!」
「つらい役目はおれが引き受けるって言っただろ」
ウィングの手がオットイの肩に置かれる。
……もう寝ようぜ、とウィングがベッドから立ち上がり、部屋の灯りを消した。
そして、ベッドに横になる音が聞こえる。
暗闇にまだ目が慣れておらず、彼女の表情は見えなかった。
「……ウィングが女の子だって知ってるのは、僕だけだよね?」
「そうだな。あの人が、もしも気づいた上で気づかないフリをしていたら、あの人もそうだけど、もうこの世にはいないから、お前だけだよ」
「なら、僕がウィングを守るよ」
暗闇の中で、物音は一切なかった。
ただ、それが逆に違和感でもあった。
「女の子が背負える役目じゃないよ。
だから、僕がウィングの代わりにつらい役目を引き受けるよ。
まだ足りないと思うけど、男の意地だからね!」
それから、ゆっくりとウィングの隣に横になるオットイ。
背中合わせで眠りに入る。
本当の性別が分かった直後だが、これまでこうして眠っていたのだから、自然と睡眠のスイッチが入る。
そのまま平常時と同じように眠る事ができた。
オットイが眠った後、彼の反対側から、小さな呟きが聞こえた。
「……縋りたくなるセリフを言うな、バカ……ッ」
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