第19話 プレゼント

 ありがとうございましたー、という店員の挨拶に会釈をして、オットイが店を出る。

 手には可愛らしいデザインで包装された大きな箱があった。

 それを胸の前で抱えながら、帰路を歩く。


 その途中で、妙な話が聞こえてきた。

 装備を整えた勇者二人の世間話である。


「――あの店はもうやめた方がいいな。ステータスアップと言いながら、この前、状態異常になった奴がいるらしいし。そのせいで大怪我したって話だぜ」


「でもレベルアップしたって奴もいるらしい。

 運が良ければ短期間で3レベル上がったって噂も聞いたぞ」


「どうせ噂だろ? それに、本当なら独占しようとする奴がもう手を打ってるはずだ。手段はどっちに傾いてもおかしくないしな。……そう長くはねえよ。効果付きアイテムと同じで、短期間だけだあんなの。あまり長いこと利用してると俺たちも目をつけられちまう」


 会話を終えると、勇者の二人がその場から去って行く。

 オットイは抱く箱にさらに力を込め、足早に店へと戻った。



 臨時休業中と貼られた扉を開けると、厨房に立つティカの背中姿が見えた。

 ……良かった、と安堵するオットイは、ある事に気づく。


「……食材が、……機材が……っ!」


 床には潰された食材があった。

 調理道具は砕かれており、破片が散乱している。


 冷凍庫などの大型設備も、蓄えた魔力が吸い取られており、機体も歪んで機能しなくなっていた。

 明日からまた開店し始めるのに、これでは料理を作る事ができない。


「誰が、こんな事を……ッ!」

「はっ、この程度の嫌がらせで店を閉めると思ったのかよ、犯人は」


 振り向いたティカは、オットイが思ったよりも元気な姿だった。

 強がり……にしては、ティカには落ち込んだ様子は見られない。


 隠しているのだとすればかなりの演技力だが、そんな器用な事をティカができるとは思えなかった。

 ティカはオットイとは違う。

 ショックよりも怒りの方が勝ったのだろう。


 隠しているのだとすれば、今すぐ犯人をぼこぼこにしたいという衝動か。


「機材がなくても料理はできるんだぜ。

 詰めが甘いのか、包丁とかはまったく手をつけなかったみたいだしな」


 壊す必要がない、と判断したのか。

 単純にかける時間がなかったか、だ。

 店を開けていた時間内に実行したのだろう。


 オットイ、ティカ、ウィングの三人が店を開け、誰かが帰ってくる前に完遂させなくてはならない。

 包丁を壊す前に、恐らくティカが帰ってきたのだ。

 ウィングは未だ、戻ってきていなかった。


「…………」


 ……こんなタイミングで渡すのもあれかな。

 しかしティカは、オットイが持つ箱に気がついた。


「なんだそれ? プレゼント? ふーん、ミサキに似合いそうだな」

「? これ、ミサキに渡すものじゃないよ?」


 なんでそこでミサキ? と首を傾げる。

 ミサキに渡してどうするんだ。


 お祝い事でもないのだから。

 じゃあ、なぜティカには渡そうと思ったのか、そう自問したら……、

 ティカが欲しがっていたから、である。


「……ティカに、プレゼントだよ」

「あたしに……? ――これ、あたしが欲しかった……!」


 商店街で、ティカがガラスのショーケースの前でじっと見ていた調理器具だ。

 少し値は張ったが、ティカから貰った給料でなんとか買えた。

 貯まった軍資金のほとんどが消えてしまったが、また貯めればいいだけの話だ。


 オットイがプレゼントしたものがちょうど壊されていないというところに、狙ったような偶然を感じたが、壊されていないに越した事はない。

 被った事を幸運と捉えよう。


 くすっ、とティカが小さく笑った。


「オットイらしいな。……ありがとな」

「ティカ……だいじょ――ぶッ!?」


 元気そうに見えても、やはり心配だったオットイがそう声をかけたら、勢い良く抱きつかれた。

 まるで踊るように、店内でくるくると回る。


「ちょ、ちょっとティカ!?」

「あたし、負けないよ」


 彼女の顎がオットイの肩に乗る。

 そのため、表情は見えなかった。

 ティカらしく、言葉には強さが宿っている。


「こんな嫉妬にまみれた嫌がらせなんかに、負けるもんかよ!」


 ……そうだ、とオットイもティカにつられ、その心を焚き付けられる。

 もう、こんなくだらない事で潰されたくない。


 ティカとウィングといられるこの空間は、もう大切な居場所になっていたのだから。

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