level2 魔王には優しく

第17話 効果は抜群だ!

 町の中心から離れたティカの店は、ただでさえ発見されにくい。

 この町に住む者でさえ、外観が料理店とは思えず気づかないくらいなのだ。


 旅の途中で訪れた勇者が看板の宣伝を見るまでもなく、まずここに辿り着く事が少ないだろう。

 せっかくのステータスアップ効果付き料理も、知られなければ意味がない。


 まずは知ってもらおうと、オットイは占い師のお姉さんとミサキに声をかけた。


「世間話で名前を出すくらいでいいのかしら? 

 それくらいなら、話題がなくなった時にでも話してみようかしら」


「……気が向いたら勧めておくけど……それでもいいなら」


 二人とも快く、とは言えなかったが、了承してくれた。

 占い屋も宿屋も、勇者が主に利用する店である。


 一人が知ればパーティ全員に伝わる。

 パーティのそれぞれが、知り合いへ話せば、また別のパーティ全員へ伝わる。

 そうして増えていく客がティカの店に集まるのだ。


 そしてオットイの思った通りに、翌日、ティカの店にはいつもの四倍の客が訪れた。


 思っていたよりも少ないのは、効果に確証がないからだろう。

 だが、今回でステータスアップ効果が本当だと知られれば……、

 翌日にはさらに倍になっている事だろう。


「凄い、今日の売り上げ……!」


 閉店後、味わった事のない感動にティカの体が震えていた。

 その感動はオットイも同じである。

 顔を見合い、呼吸が合う。

 二人同時に両手でハイタッチをした。

 ぱぁんっ、と気持ちの良い音が店の中に響いた。


 そして、さらに翌日である。

 店の前には、長蛇の列ができていた。


「なんだこれ……!」


「――ティカ! 呆然としてないで早く作らないと! 

 ティカが作らないと効果が出ないんだから!」


 作業に追われながら、オットイが叫ぶ。

 そういう事情があるため、オットイとウィングは料理に手出しができない。

 ただ、オットイは旅をした時の知識があり、どんな食材になにが合うのか、または調理の短縮やら、できるアドバイスをしていた。

 それが効果に影響しているとも知らずに、だ。


 料理は変わらず不味い。

 それについては客の感想も変わりがなかったが、逆にこの不味さだからこそ、効果が期待できるという面もある。

 不味いからこそ信頼ができる、という皮肉であったのが、ティカ的には少し気になるところらしい。


 閉店直後、三人は電源が落ちたように床で寝転がる。

 目を瞑れば今にも眠れそうだ。


 しかしこの調子だと明日も変わらず同じ忙しさだろう。

 落ち着くまでは多少時間を要するとは言え、これが数日も続くとなると体の方が壊れそうだった。


 だが、今休むわけにはいかない。

 やっと掴んだチャンス、軌道に乗せたいところだ。


 今日の後片付けと、明日の準備をしなければならない。

 フライパンを振るい過ぎて痛む手首を気にしながら、ティカが立ち上がろうとして、


「お疲れ様。あとは僕がやっておくから、ティカはもう休みなよ」

「オットイだって疲れてるだろ。片付けはみんなでやる決まりだ」

「おれは売り上げ計算しとくから。ティカは休め。お前が倒れたら終わりなんだぞ?」


 ウィングとオットイがティカを椅子に座らせる。

 ティカは、言葉の割に体は正直だった。

 椅子に座ったら、立ち上がる気力もなくなった。


「オットイ、皿の場所は――、って、本当に全部の場所を覚えたんだな」

「うん、もうばっちりだよ。あと、なくなった調味料とか補充しとかないと」

「おれが明日買っとく」


 男の子二人が言葉を交わしながら作業を続ける。

 その背中をぼうっと眺めた。


 昔は、母親を含めた、ティカからすれば大きな体をした大人の同じ姿を見ていた。

 汗水垂らしながら笑顔で指示をする、母親の苦しそうだけど楽しそうな、懐かしい表情を思い出す。


 今はそこに、自分が立っているのだ。


「……二人と、一緒なら――」


 後片付けが終わり、オットイが振り向けば、

 ティカがテーブルに突っ伏し、寝息を立てていた。

 そんな彼女の背に、毛布をそっとかける。


 オットイはもう一度、あの言葉を繰り返した。


「お疲れ様」




 一人の勇者が気づいた。


 依頼を達成し終えた後、ふと思い立って占い屋へ行き、ステータスを確認したところ、目を疑う数値が見えた。


「おいおい……まさかと思うが、あの料理のおかげ……じゃねえよな……?」


 もしも、彼女の料理のおかげなのだとしたら。


 ……ステータスアップどころじゃない効果である。

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