第16話 目指せ人気店!
「あら、坊や。まだ開店前よ?」
暗幕で作られていたはずのテントはまだ形になっていなかった。
移動したばかりでこれから組み立てるらしい。
「手伝うよ」
「フフッ、ありがとう。占ってほしい事でもあるのかしら?」
見破られている……、
まあ見破るもなにもまず思いつく事だろうが。
黙々と組み立てて、占い屋の店が完成した。
まだ開店前だったが、占い師は特別にオットイを店の中へと手招いた。
暗幕のおかげで昼間でもまるで夜のような雰囲気である。
「昼間は勇者が多くここを通るのよ、ステータスを見せてほしい、って。だから一番の稼ぎ時ね。夜は橋の下とか、路地裏とか、パワースポット的な感覚にならないかしら?
色々試した結果、稼ぎが多い場所なのよね」
軽い雑談を交え、占い屋の裏話に感心する。
そして、水晶玉が台に置かれたところで雑談も終わりを迎え、
「さて、なにを占ってほしいのかしら」
「僕のステータスを。
……もしかしたら、分かったかもしれないんだ、ステータスアップの秘密」
「あら、犯人が分かったの?」
犯人、という言い方は適切ではない。
やった方も、自覚はないのだろうと思う。
「分かったわ、占ってあげる。料金も貰っている事だしね」
占い師が、水晶に映った数値を紙切れに記していく。
次に、オットイが受け取った。
「やっぱり、そうなんだ……!」
受け取った紙に書かれていたステータスの数値は、全てが五倍になっていた。
そりゃ違和感があるはずである。
いつもの動きよりも五倍の力が出せていたのだから。
すぐにでもこの事実を伝えたい。
オットイは挨拶も満足にせず、テントから出る。
「お姉さんありがと!」
「ええ、無理はしないよう――あら、行ってしまったわね」
事情の片鱗を知っている占い師だったが、必要以上に首を突っ込もうとはしなかった。
店主と客の関係である以上、踏み込むべきではないプライベートである。
これが個人的な関係であったのならば、余計なお世話を焼いていただろうが。
占い師は水晶玉に手を当てようとして、思い直して手を離す。
安易に特定の誰かの運命を見るべきではないためだ。
「ティカ!」
「遅いッッ! 準備もしないでどこ行ってやがった、このタダ飯喰らいの居候!」
店に入った途端、ティカの怒声を浴びる。
気づけば時間は開店時間ぎりぎりである。
下準備の全てをティカとウィングに任せてしまった形になっていた。
罪悪感で顔を伏せるのがいつものオットイだったが、今はハイになっているのか、そんなことより! とティカに駆け寄った。
だが、ティカは駆け寄るオットイを両手で押して突き飛ばす。
「そんなことより……? いくら作る料理が不味いって言われようとも、こっちは本気で店やってんだ、手伝えと言ったのはこっちだけどな、やるからには本気でやれよ!」
ティカの苛立ちを真っ正面から受け止める。
やっとオットイも、自分がしでかしてしまった事の重大さが理解できた。
まだ二日目だが、店員一人がいなくなった店が、困らないわけがない。
「……ごめん」
「いいよもう、いいから着替えて厨房入れ」
ティカは目も合わせてくれず、オットイはしゅんとうなだれ、エプロンを取った。
「ウィングも、ごめん……」
「おれは別になんも心配してないよ。遅れたところで支障はないしな。ティカが怒っているのは店がどうこうじゃないから。お前が裏切ったんじゃないかって、心配してただけなんだよ」
「裏切ッ……、そんなこと、するわけないじゃないか!」
「だろ? オットイがそんな事するわけないし、できないだろうって言ったんだけどな」
ティカとは距離があるため、この内緒話は聞こえていないだろう。
もし聞こえていれば、真っ先に心配を否定してくるはずなのだから。
「裏切りはないにしても、心配させたのは事実だな。心配し過ぎて、なんで心配しなきゃならないんだ、ってお前に切れてるだけだぞあいつ」
「そっか……」
「なにこそこそ喋ってんだ、オットイ! 早く遅れを取り戻せ!」
「分かった! すぐ手伝うよ!」
ティカから任された膨大な量の仕事が、オットイを一瞬足りとも休ませなかった。
そして怒濤の勢いで一日が終わり……、と言っても客は昨日よりも一人増えただけだ。
オットイの忙しさは分担していた雑用が全てオットイに任されていたためである。
ティカは容赦なく全てを任せ、自分は店の椅子に座ってだらだらと過ごしていた。
「……働くなあ」
あくせく動くオットイを見て思わず呟いた。
初めて会った時からそうだが、オットイは泣き言を言わない。
文句も言わない。
単に思いもしないのか、言ってはならないのだと深層心理に根付いているのか……なんにせよ、まともでないのは確かだった。
働き詰めでも切れない体力も、オットイの生活の片鱗を見せていた。
日頃から忙しさに慣らしておかなければいきなり多忙な一日を休みなく過ごせるわけもない。
これはオットイがいた環境がかなり過酷だったという事だろう。
勇者としては半人前以下でも、雑用係としては一流なのではないか。
オットイらしい評価である。
食器を洗い終えたオットイが、ふぅ、と一息つく。
久しぶりに落ち着いた気がする。
気づくと色々と体に反応が出た。
まず、喉がカラカラである。
喉を潤していると、厨房にティカが入ってくる。
「ティカ、他にやる事はある?」
「いや、もう遅いし……閉店時間だし……大丈夫だ」
「――じゃあもう終わり!?」
オットイの嬉しそうな顔にティカがむっとする。
「……なんだよ、つまんなかったのかよ」
雑用ばかりは、そりゃ面白くはないだろうが……。
不機嫌なティカを見て、オットイが慌てて訂正した。
「違うよ、ティカたちと一緒に店をやるのは楽しいよ。僕も、この店の一員だしね」
たとえまだ二日目だとしても、同じ目標を持ってやっている。
だからオットイは早く伝えたくて仕方がなかったのだ。
タイミングを見計らっている内に閉店時間になってしまったが、なってしまえば後は切り出すだけだ。
オットイは二枚の紙切れをテーブルに出す。
ウィングも後ろから顔を出した。
三人で、紙切れ二枚を見下ろした。
「なんだこれ」
「僕のステータス。こっちが昨日の、これが今日の」
ウィングが、うへえ、と苦笑した。
ティカは、なにこれ? と一言目と同じ反応だ。
「僕の力を、数値化したものかな……。勇者として、レベル1なんだよね。
こっち、昨日のはほとんど2なんだよ。これが僕の、いつもの数値」
「ほとんどじゃなくて全部だろ」
ティカには誤魔化しも通じない。
オットイは続けて、今日のステータスを指差す。
「それでこっちが今日のステータス。上がってるでしょ?」
「五倍……、一気に10になってるな。でもレベル1だな、なんで上がってるんだ?」
占い師から聞いたステータスアップについて、同じようにティカに説明する。
多くは魔法だろう。
アイテムもあるが、あまり出回っていない。
昔から買い占めが頻繁に発生し、今では貴重なものとなっているためだ。
「僕は魔法を使えないし、誰かにかけられた記憶もない。アイテムを使った覚えもないよ。誰かに仕込まれた、わけでもないと思う。相手も自覚がなかったんだ、自分に一時的なステータスアップの力があると気づいていなかったんだ」
オットイもだから気づけなかった。
だが、変化の少ないオットイの生活の中で刺激的な出来事と言えば、一つしかない。
「……!」
と、ウィングは気づいたようだ。
視線が自然とティカへ向く。
「? なんだよ?」
「ティカの料理……あれ、ステータスアップ効果がついてる」
ステータスを持つ者にしか分からない。
だから気づけない。
しかし気づいてしまえば、あとは宣伝し、体験を与えてやれば需要が広がる。
つまりさ、とオットイの戦略が伝えられた。
「勇者をターゲットに、効果付き料理として宣伝する。
そうすれば、店に人が集まって人気店になるのも難しくない!」
「っ」
と、ティカは表情がにやけそうになりながらも、まだ疑いがある。
ティカは勇者ではない。
ステータスを持たない。
だからそのステータスアップ効果が本当に必要とされるのか分からないのだ。
宣伝したところでなにも変わらない気がする。
いつも通り奇特な客が来て、数度訪れてやがて消えていく。
そんな寂しい光景が繰り返されるのではないかと危惧している。
「そう都合良くいくかよ」
「やってみようよ!」
オットイの瞳が輝きを放っていた。
「ダメだったらまた考えればいい、挑戦すればいい……、
なにかを変えなきゃ、前には進めないよ!」
「おまえ、なんでそれを自分に当てはめないんだよ……」
オットイは首を傾げ――とにかく! とティカの両手を取った。
「ティカの夢を、叶えたいんだ!」
この料理店を、人気店にする。
ティカのその言葉を、オットイは本気にして――。
普通なら無理だと諦めるティカの料理を目の当たりにしても、試行錯誤を繰り返し。
こうして実際に、手段として確立させている。
こつこつと一歩ずつ進んでいたオットイが作り出した、最初で最後のチャンスかもしれないのだ。
ティカの心もまた、火を灯す。
いたずらの仕掛けをセットし終えたような笑みを見せ、オットイの手を、握り返した。
「――やろうぜ、オットイ!」
最後に、二人の手の上に、ウィングが、おれもな、と手を乗せた。
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