第14話 勇者のステータス

 占い屋の利用者は二通りである。


 己の運勢を占ってもらう者……主に普通に町の人である。

 もう一つは、選ばれし勇者たちである。


 占い方は千差万別あり、占いの仕方で出た運勢に違いがあるが、勇者に限ってはどんな占い方をしても答えは一つになる。


 勇者本人の現在のステータスが見れるのだ。


 ウィングに紹介された占い屋は中心地から少し離れた人通りの少ない道にあった。

 しかも橋の下という、とても分かりにくい位置である。


 この占い屋、日によって位置が変わる、移動型の店だ。

 そのため暗幕で作られたテントの中は狭く、占い師と向かい合って座ると窮屈であった。


 黒いローブを羽織り、顔の上半分を隠した、女性である。

 赤い口紅が印象的だ。


 水晶玉を置いた台を挟んで、腰を下ろすオットイ。

 灯りは数本の蝋燭の火である。


「夜遅くにすいません」

「いえ、全然早い方よ坊や。勇者はみな、もっと遅いものだから」


 名乗ってもいないのに勇者と見破られた。

 さすがは占い師である。


「フフッ、カマをかけただけよ。勇者には見えないけど……あなた勇者なのね」

「よく言われます。……今日は、ステータスを見てほしくて」

「ええ、勇者となれば大体そっちでしょうね。失礼だけど、お金はあるの?」


 オットイは今日の依頼で貰った報酬を取り出す。

 小さな袋に硬貨が入っており、台に置けば、じゃら、と音が鳴った。


 中を確かめた占い師が、

「確かに」と微笑む。


「では、あなたのステータスを見るわね」


 占い師が水晶玉に手を当てる。

 すると、オットイが身震いした。


 背中に冷たい手がすっと入ってきたような、そんな感覚だった。

 占い師は、見えたものを紙に書き出す。

 二つ折りにして、オットイに渡した。


 受け取ったオットイが紙を広げると、自分のステータスが数値化されている。


「……? 全部、2だ……」


 疑問符を浮かべたが、数値自体は見慣れたものだ。

 オットイは体力、攻撃力、防御力、魔力、速度……細かい項目はまだあれど、全てが2で統一されている。

 合計数値による評価も最低のFランクであった。


 レベルも1のまま。

 変わり映えのないステータスである。


「どうかした? おかしな点でもあったかしら……?」

「いえ、数値自体は合ってます。僕、ずっとこの数値ですし」


 そう言うと、占い師は、

「そ、そう……」と気の毒そうな顔をした。

 顔が半分以上が覆われていても、そういう事は分かってしまうものである。


 ……数値は同じなのに、昼間のあの力はなんだったんだろう……?


 火事場の馬鹿力? 

 しかし絶望的なまでに追い詰められたわけではない。


 苦戦したオットイが言うのはあれだが、最弱の魔物である。

 攻撃力自体は大した事ない。

 多少は痛いが、それで死にかける事はないのだ。


「あの、今日の昼間なんですけど……」


 オットイは妙なもやもやが晴れず、思わず占い師のお姉さんに悩みを打ち明けていた。

 ここは占い屋であって、懺悔室でも相談室でもないのだが、お姉さんは最後まで聞いてくれた。


 聞き終えた彼女は、ふむ、と手を顎に添える。


「ステータスアップの魔法か、アイテムを使った線が濃厚ね。坊やが気づかない内に仕込まれていた、という可能性よ。心当たりはない?」

「……いえ、特別そういう事は……」


 ないはずだ。

 あるとすれば、騒動に巻き込まれた時であるが――だとしたら、あの時はごちゃごちゃし過ぎていて犯人など特定できない。

 というか、ステータスダウンならまだしも、アップさせられているのだ。

 感謝こそすれ文句は言えない。

 そのおかげでオットイは魔物を倒せているのだから。


「アップしたからと言って喜ぶのは早いわよ。攻撃力を上げる代わりに、状態異常を付与されるなんて事例も多いわ。見たところ、坊やに状態異常はなさそうだけど」


 ステータスに異常は見られなかった。

 であれば、そういう事である。


「……不気味よね。分かるわ。……良ければ犯人像を占ってあげましょうか?」

「いいんですか?」


 犯人、と呼ぶのは心苦しいが、狙いが分からない今はそう呼ぶしかない。

 善意か悪意か、分からないのだ。


「ただ、別料金よ」

「……えっと、ごめんなさい。僕、もう手持ちがないんです」

「フフッ、なら、お金を貯めてもう一度いらっしゃい」


 あ、まけてはくれないのか、と期待していたオットイだったが、当たり前である。

 同情でタダになるなら、路頭に迷う者は存在しない。


「ありがとうございました。気にして調べてみます」

「ええ。道中、このテントを見つけたらぜひいらしてくださいね」


 妖艶な笑みを最後に見せられ、オットイはテントを出る。

 橋の下から出て月明かりに晒される。

 歩きながら、二つ折りにした紙切れをポケットにしまう寸前で、さっきはなかった文字を見つけた。


 ステータスが書かれた面の裏側である。

 オットイが読み上げるが、しばらくは頭を抱えながらティカたちの元へ戻る事になった。


 料金外の、お姉さんからのアドバイスだろうか?


「良薬は口に苦し……?」


 オットイがそのアドバイスから答えを導き出したのは、眠りにつく寸前であった。

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