第13話 ティカの料理店~営業中
宿屋はクマ耳少女のミサキがいつも客の対応をしている。
その彼女が眠ってしまったので、代わりにウィングが店番を任されていた。
一度オットイたちとはぐれた彼だったが、聞き込みを続ける事でミサキの宿屋へ向かった事が分かった。
その後、合流してみれば……、
オットイはなぜか魔物退治に行くと言い、ティカも一緒に行くと言い張り、そうなると店番する者が誰もいなくなってしまうという問題が浮上した。
そこへタイミング良く(悪く?)現れたのが、ウィングだった。
急にはぐれた事や騒動に巻き込まれた事の事情も話せず、開口一番で店番を任され、今に至る。
受付に座り、客を待つが、まあ誰も来ない。
うちの料理屋と似たようなものだ。
「あいつら……開店時間絶対オーバーする……!」
多少遅れたところで客足はそもそもないのだが、それでも開店時間を守る、というこだわりがある。
……発信源はティカなのだが。
「……ウィング、ありがと」
すると、あくびをしながら、珍しく被りものをはずしたミサキが顔を出す。
ツヤのある、オレンジ色の髪がよく目立つ。
彼女は冷蔵庫を開け、牛乳を取り出した。
「ねえウィング。ティカって、牛乳飲んでる?」
「……飲んでる、なあ。別に毎日じゃないけど。でもたぶん関係ないぞ?
……ミサキは今、一二歳だっけ? なら、普通に成長してれば大きくなるよ」
「わたし大きさで悩んでるなんて一言も言ってないよ!?」
言ってなくても分かる事がある。
身長の話だったとしても、同じ答えだろう。
ミサキは年齢にしては、小さい方である。
「もういいのか? 疲労で倒れたって聞いたけど」
「大げさだなー。寝不足なだけだよ。誰かさんのせいでね!」
「ティカか? でも怒るのは今更だし……オットイか?」
「勇者なのに最弱の魔物も倒せないとか、心配になるよ。
年上なんだからちょっとは頼りになるところを見せてほしいものね」
ま、期待はしてないけど。
そんなミサキの態度に、ウィングはくすっと笑った。
宿屋を出る前のオットイの表情を、彼女は見ていないのだ。
「こりゃあ楽しみだ」
そして、しばらくして、扉を激しく開けて入って来た者がいた。
オットイとティカである。
オットイは倒した竜を手に持って、一番にミサキの元へ。
「できた、倒した、倒せたんだよ! 依頼、これでいいでしょ!? 達成だよ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ詰め寄るな! 分かったから、落ち着いて!」
欲しかったおもちゃを買って貰った子供のように、オットイが笑顔ではしゃぐ。
それを見て、しょうがないなあ、とミサキもつられて笑みをこぼした。
オットイにとっては、この町で最も最初に親しくなった相手が、ミサキである。
「オットイの方が、子供みたいだ。な、ティカ――」
ウィングがその時に見たティカの表情は、今まで見た事のないものだった。
彼女はふんっ、と視線を逸らし、宿屋の外へ出てしまう。
閉められた扉の音が、静かだった。
「……オットイへの執着は、おれが思っているのとは、違うのか……?」
ウィングでは、人の心に答えは出せなかった。
「オットイ、そろそろ開店時間だ」
ミサキから依頼の報酬を貰い、この流れでもう一つの依頼を受けようとしたオットイだったが、ティカに首根っこを掴まれた。
忘れていたがティカたちの料理店の開店時間が迫っていたのだ。
買い出しは断念した。
明日へ回したところで支障がないものだ。
それに、いま商店街に行くのは危険だろう。
騒動は既に鎮圧されているとは言え、あの魔族たちがどこに潜んでいるかも分からない。
町の中心地からはずれたこの家にいれば、見つかる事もないはずだ。
「僕はなにをすればいいの?」
「基本的に皿を洗ったり注文を聞いたり料理を運んだり食べ終わった皿を下げたり……、調理以外全般がオットイの仕事になる。あたしが言ったものを棚から取り出してもほしいから、どこになにがあるのか覚えておけよ。一つでもミスしたらぶん殴る」
「分かった」
「滅茶苦茶な事を言うな。オットイも素直過ぎるから。少しは嫌がってくれ。
……こんなの新人の初日に任せる仕事量じゃないんだよ……」
「そうなの? 僕も勝手が分からなかったし……やれと言われれば覚えるよ?」
「雑用なのにやる気満々だな」
オットイは簡単に言うが、言うほど簡単な事ではない。
彼に任された仕事は毎日ウィングがしている事だ。
今でこそ詰まる事なくスムーズに仕事をこなせているが、完璧に覚えるまでに数年かかった。
日々、棚の中身が変わるのだ、それに適応するのは難しい。
「……ティカ、殴るのはなしだぞ」
「その方が緊張感が出ると思ったんだけどな。まあそれはどっちでもいいや」
ティカにとっても、あくまで冗談である。
「冗談なの? それならそれで……良かったよ」
オットイはほっとした。
となると、彼は殴られる事を許容した上でティカの注文に一度は頷いた事になる。
平然と、しかも即答していた。
「……迷う素振りも、表情の機微もなかったな」
ウィングの中に疑念が生まれる。
……素直なだけなのか?
オットイはお人好しで、真面目だ……。
共に過ごした短い時間の中でもじゅうぶんに伝わった。
ただ、それだけか?
微かな闇を感じるのは自分だけなのか、とウィングはティカを窺うが、
「オットイはエプロン、何色が良い?」
「青かな」
ウィングが感じた事など微塵も気づかないように、のんきに準備をしていた。
開店してしばらくはがらんとしていたが、客足は意外とある。
あるだけで、多いとは言えなかったが。
そもそも店のテーブルが五つしかないので、同時に相手できるのは、一つのテーブルが四人席なので、二〇人である。
四人でくる客はいないので、ピークの時間帯でも限界数から大幅に下がる。
一〇人以下が基本だろう。
この店の日常は一人客か二人客が数時間おきにくるくらいなので、店員の負担は暇なほどにかからない。
店としては壊滅的にやばいのだが。
「ティカちゃん、相変わらずクソ不味いね」
「ぶっ飛ばすぞ」
恒例のやり取りであるらしい。
客の一言にオットイは凍り付いたが、ティカは怒る事なく笑顔で返していた。
褒め言葉、とは思えないが、客はそういう意味である。
その不味さが癖になり、この店に通っている。
端的に言えば変人か変態である。
問題はあと何回、この人はもつのか、だが。
「ティカ目当てで来る客もいるからな。喋るとああだが、見ている分には可愛いし」
「惚れたかウィング?」
「姉に惚れる弟はいないだろ」
雑用をこなし、ティカとウィングと雑談をしている内に、いつの間にか日が落ちた。
今のところ、訪れた客は一人客が三人である。
二時間おきに一人のペースだった。
多い方だろう。
……やがて、夕食の時間を迎える。
客足が増える時間であるのだが、ティカは、ぐーっ、と両手を伸ばす。
そして、次にオットイは耳を疑う言葉を聞いた。
「そろそろ閉めるか」
「え!? これからでしょ!?」
「いやいや、わざわざ夕食時間にうちに来ないだろ」
「ティカがそれ言っちゃうの!?」
数ある飲食店の中で、確かにティカの料理店を選ぶ可能性は低いが……だとしても一人くらいはいるかもしれないし、たまたま通りがかった人がちょうど良いからと入ってくれるかもしれない。
それなのに閉めてしまうと、僅かな可能性も切り捨ててしまう事になる。
「閉めるのは、ダメだと思う」
「それはおれも思う。いくら料理の練習するためとは言ってもな。最優先は客だ、扉の前でガッカリさせてしまうのは、料理人以前の問題で、最低だよ」
ティカはぐうの音も出せずにいた。
ウィングだけならうるさいの一言でばっさり切る事ができるのだが、オットイ相手にそれをするのは躊躇われた。
なので無駄だと分かっていたが、もう少しだけ粘る事にする。
しかし閉店時間、夜の八時を迎え……、
「結局、誰も来なかったな」
「たまたまだよ」
「いや、いつも通りだけどな」
ティカが汚れたエプロンを取って椅子にかける。
そして二階へ続く階段へ向かった。
「オットイ、後片付けよろしく。あたし、シャワー浴びてくるから」
ティカがひらひらと後ろで手を振って、二階の扉が閉められた。
残されたオットイとウィングで、後片付けを始める。
ひとまず玄関の看板に、『営業終了』という張り紙を貼り付けた。
客足が少ないので後片付けも数分で終わってしまい、オットイは少し物足りなかった。
……旅団にいた頃は、一息つく暇もなかったからなあ……。
それが日常となってしまっていたオットイには、この環境はやりづらい。
いや、決して嫌というわけではなく。
「……どうしたら、人気店になるんだろう……?」
ティカの夢、だったはず。
なんとも眩しい言葉だった。
店を忙しくするには、単純に客足を増やせばいい……、
つまり、この店の知名度を上げればいいのだ。
それにはティカの料理の腕の向上が必要である。
しかし不味いながらも、別のアプローチをすれば、可能性は広がりそうな気がする。
気がするだけで、今のところはなにも取っかかりがないが。
「……お疲れオットイ。あんまり考え過ぎるなよ。ティカからなにか聞いたのかもしれないけど、あいつに振り回されると体も心も疲弊するからな。
意外と今が一番、バランスが良いのかもしれないしな」
「あ、待ってウィング」
ん? と階段へ向かおうとしたウィングが足を止める。
「この町の占い屋って、どこにあるか分かる?」
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