第12話 初めての勝利……?

「ほらオットイ、ちゃちゃっと終わらせろ。早くしないと開店時間になるぞ」


 オットイは短刀を握り締め、町の外に来ていた。

 ティカは岩場に腰かけ、上からオットイへアドバイスに見せかけヤジを飛ばしている。

 最初はおとなしく見ていたのだが、恐らく飽きたのだろう。

 口数が普段に増して多い。


 オットイと向き合うのは、大きな体に不釣り合いな小さな羽を持つ竜だ。

 その竜自体の大きさは、女の子でも持ち上げられる程度であり、ぬいぐるみのようにも思える。


 町が見える丘の上、緑一面の草原である。

 無風のため、揺れない草を踏みしめながら、オットイが動いた。

 同時に、竜が火の玉を吐き出す。


「あれ……?」


 ――竜の火の玉って、こんなに遅かったっけ?


 動揺してしまったが、横へ移動し火の玉を避ける事ができた。

 しかし勢いがつき過ぎて竜からかなり遠ざかってしまっている。


「おいおい、びびり過ぎだろー!」

 とティカが両手でメガホンを作り、ヤジを飛ばす。


 いつもと違う。

 まるで自分の体ではないみたいだった。


 うんと遠ざかった距離も、オットイはたった数歩で距離を詰める。

 しかし今度は急接近し過ぎて、火の玉を吐かれたら直撃してしまう。


「――ッ」

 なので、急ブレーキからすぐさま真上へ飛ぶ。

 その跳躍力も、今まで体験した事のないものだった。


 明らかにおかしい。

 おかしい、が……慣れれば大きな武器になる。


 ……これ、いけるかもしれない!

 だが、空中で身動きが取れない今、竜は真上に向けて口を開いた。


 喉奥が、赤く光り出す。

 ……このタイミングで!?


「オットイ、いける!」


 なにが!? と咄嗟に頭の中で吠えた。


「そのまま、斬っちまえ!」


 最高到達点から折り返し、オットイの体が落下を始める。

 握り締めていた短刀を振り上げた。


 ――そして。

 竜の口から吐き出された火の玉がオットイへ迫る。


 熱気がオットイの決断を迷わせたが、ティカの怒鳴り声が後退する事を許さない。


「火の玉を、斬れぇえええええ!」

「あぁあああああああああああッッ!」


 短刀の切っ先が火の玉に触れる。

 振り切った後、球体が真っ二つに分かれ、左右へ散った。

 それを見送った竜は、呆然とオットイを眺めていた。


 オットイの着地点には、竜がいる。

 振り切ってしまった体勢のまま、オットイは竜の背中へ短刀を真っ直ぐに突き刺した。


 落下を利用した刺突は、小さいながらも竜である堅い鱗を貫いた。


 きゅう……、という力尽きた鳴き声が聞こえ、竜がその場で倒れ伏す。

 オットイも落下した時に受け身が取れず、手首を捻ってごろごろと痛みに悶えていた。


 竜の隣に、その体を並べていた。

 そんな様子を、ティカは上から眺めて、


「ぷはっ、あたしでも倒せる竜なのに。勇者にも色々いるんだな」


 オットイは、倒した竜から短刀を引き抜く。

 これも、違和感だった。

 短刀は竜に深々と入っていたのだ、普段のオットイならばたぶん引き抜けていなかった。


 ……ティカが僕になにかした? 

 でも、ティカは普通の町の人だし……。


 なにより、ティカがタダでそんな事をするとは思えなかった。


「オットイ、良かったな。とりあえずスタート地点に立てたじゃん」


 そう、倒したとは言っても最弱の魔物であり、軍資金の目標値にはまだまだ足りない。

 だからスタート地点。

 依頼を繰り返し成功させ、仲間の元へ向かうための軍資金集めが本格的に始まるのだ。


 岩場から飛び降りたティカが、オットイと肩を組む。

 ぴったりと密着していた。

 ……また酔ってる? と思ったが、今は素面である。


 そんなことよりも。


「ティカっ、早く戻ろう!」

「おっ、嬉しそうだな。そりゃそうか、今まで倒せなかった魔物だろ?」


「それもあるけど、早くミサキに伝えたいんだ!」

「あ、…………ああ、そう……」


 一瞬で死んだような目になるティカになど気づきもせず、オットイは町へ向かって走り出してしまう。

 そんな彼の背中を溜息交じりに眺めていたティカは、


「って、この竜、忘れてる! 

 おまえこれを倒すんじゃなくて素材が依頼目標だろ!?」


 叫んでも戻ってこないオットイに代わって、ティカが竜を抱いて町へ戻った。

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