第11話 クマ耳少女はご機嫌ななめ

 オットイが向かった先は商店街から少し離れた場所にある宿屋である。

 道中いくつも宿屋を見つけたが、ここを選んだのは顔見知りがいるからだ。

 目的の宿屋が見えたところで――、なぜかその店主が玄関前で座っているのが見えた。


「……あれっ、なんで?」

「あっ、あぁ、ああッッ!」


 クマの耳がついた被りものをした少女である。

 変わらない姿だったが、昨日見た時よりも顔がげっそりしている気がする。


 顕著なのが、目の下の隈であった。

 彼女はオットイを指差し、その指先がぷるぷると震えていた。


「……これだけ待たせたんだから、一体くらいは倒せたんでしょうね……?」


 瞬間、事情を理解したオットイの背筋が凍った。

 ……忘れていた。

 いや、期限はあるが過ぎているわけではない。

 猶予はたっぷりとあったはずだ。


 しかしオットイはこうも言っていた。

 依頼を失敗して戻って来た時、もう一度行ってくる、と。

 彼女はその帰りをずっと、待ってくれていたのだ。


「野宿かどうかの瀬戸際だったから、先に寝ちゃうのはまずいと思って一睡もしないで待っていたのに。そっちはそっちでよろしくやっていたみたいで、良いご身分だね」


 寄り添うティカを見て、彼女が誤解している。

 別に遊んでいたわけではない。

 依頼をこなすために、一泊しており、そのための雑用をこなしていただけなのだ。


 しかしそういう事情を説明する前に、繰り出される彼女の言い分の勢いに押し負けて言葉が詰まってしまう。

 オットイが自覚している、悪い癖だった。


「それで結局、依頼は達成できていないと。……へー、ふーん、ほぉー」


 睡眠不足だからなのか、彼女の苛立ちが表情と態度に丸見えだった。


「こっちはさあ、どこかで野たれ死んだんじゃないかって、気が気じゃなかったんだけどなぁ……?」


 他の旅人を戦力として捕まえて、店を閉めて探しに行こうかと思っていたらしい。

 そんな時に、オットイが姿を見せたのだ。


「ごめん、まさかそこまで心配してくれていたなんて……」

「心配とかしてないし。その依頼が結構重要で、失敗したくなかっただけだもん」


 であれば、……なぜそんな重要な依頼を僕に……? 

 と思ってしまったが、それを聞いたりはしなかった。

 多分、心配してくれたんだろう、と分かったからだ。


「ごめんね、今度はちゃんと連絡するよ」

「……約束よ。約束するなら、簡単で報酬が良い仕事、紹介してあげる」


 少女が小指を出したので、オットイもそれに倣う。

 指同士を絡み合わせて約束した。


「でも、ほんとに良かった。……生きてたぁ」


 クマ耳の少女が脱力し、尻餅をつく。

 重荷を下ろして体が軽くなったような安堵の表情であった。


「依頼で死人が出るって、やっぱり店の評判悪くなっちゃうし」

「そうなんだ?」

「そうとも限らないけど」


 どっちつかずの少女の言葉にオットイは首を傾げる。


「それで、その女の人はどこのお店の人? 

 夜遊びは――でもお金ないよねえ? もしかして金貸しにでも頼ったの!?」


 信じられない、と、汚物を見るような目で見られている。

 今のところ抱かれた全てが誤解である。

 今はまくし立てられたわけではないので、オットイも言い訳ができた。


 言い訳じゃない、これは事情説明だ。


「夜遊びなんてしてないよ、僕が昨日お世話になった家の女の子」

「ほんとかな。どれどれ、どんな顔してるの? 可愛いのー?」


 身を屈めてティカの顔を覗き込んだ少女が、ひぃ!? と悲鳴を上げた。

 ぐったりしていたティカが動き出し、クマ耳少女を両手で押し倒す。


「わっ、ティカ!? もう大丈夫なの?」

「なにが? どこも悪いところなんてないけど?」


 どうやら酔いが覚めたらしい。

 飲んでいたのは炭酸飲料なので、酔っていたわけでもないのだろうが。

 酔ったっぽくなっていただけだ。


「――って、ミサキじゃん。おまえ、オットイにつばつけようとした?」

「し、してないよ! わたしはただ仕事を紹介しただけ!」


 じたばたと暴れるクマ耳少女の上に跨がり、ティカが彼女の頬を指でつまんで引っ張っていた。

 ティカの指に連動するように、少女の足が上下に激しく動く。


「ティカ、知り合いなの?」


「この町の奴なら大体知り合いだな。町に出れば嫌でも毎日顔を合わすし。

 あと、昔はお店にきてくれてた人が多いからな」


「へえー。……昔? 小さい頃からあったの?」


 そう言えば、町の人はティカに恩があると言っていた。


「その時はお母さんがやってたよ。……町で一番人気の料理店だった」


 町の人が言う、恩がある、というのは、ティカの母親の事だ。

 その人の娘であるティカを守ろうと、町のみんなが一丸となっていた。


 避けられていながらも大人に挨拶を交わされていたのは、そういう事情だからか。

 若い世代が避けるのは、単純にティカだけを見ていたからだ。

 口調や見て分かる横暴な態度……、好かれやすい性格ではないだろう。


 ……そのお母さんは、今は……? 

 なんて、聞いちゃいけないんだろうな。


 頭をよぎった可能性、ではない事を祈る。

 母親に関しては、触れないようにと決めた。


「……なあ、オットイ、どうしよう……?」


 すると、珍しく不安そうなティカの声に、オットイも緊張する。


「ミサキが頬を引っ張っただけで気絶したんだけど……」


 クマ耳少女は大の字になり、口を開けて気絶……ではなく。


「眠ってるだけだよ。……疲れてるみたいだから、ベッドに寝かせてあげよう」


 オットイを心配し、ずっと待ってくれていたからだ。

 ありがとう、と呟いて、クマ耳少女を背負って宿屋へ入る。


 ティカは、オットイとミサキの妙に近い距離感に眉をひそめる。

 最後尾がティカである。

 扉が少しだけ、強めに閉められた。

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