第10話 混在する自由勢力
「嫌われてるわけじゃないからな」
すかさずウィングがフォローした。
「ほら、挨拶もされてるだろ。年上ばかりだけどな」
見れば商店街に店を構える店主とは仲が良い。
すれ違う中年の男性にもよく挨拶をされる。
変わった格好……奇特な者と仲が良さそうであった。
だが逆に、若い世代からは距離を取られていた。
「あ、おれも帽子被らないと。すぐ目立っちまうからな」
作業着とセットで被っていた帽子を被るが、あまり意味はないように思えた。
多分、出で立ちで分かるのだろう。
ウィングと知った同年代の女の子たちが、こちらへ一斉に群がって来る。
「あ、あのっ、ウィング様ですか!?」
「今日はどちらまで!? ご一緒します!」
「いや、今日は――ちょ、オットイ、助け――、オットイ!?」
呼ばれたオットイは女の子の集団からなんとか抜け出し、距離を取っていた。
ウィングの救難信号は、既に人に埋もれて見えなくなっている。
「あれはしばらく抜け出せそうにないね……」
ウィングは格好良いから、仕方のない事だった。
羨ましがる者も多いが、あれはあれで渦中にいるウィングは大変だろう。
なので買い物はこっちで済ませてしまう事にした。
今の騒ぎでティカとはぐれてしまったかと思ったが、ある店の前で立ち止まり、ガラスのショーケースの中をじっと見つめていた。
彼女の横に立って、一緒に見てみる。
それは包丁だった。
それだけではない、調理器具の数々である。
空腹の状態で料理を目の前にしたように、ティカはよだれが垂れそうなくらいに欲望を丸出しにして、目を輝かせている。
しかしオットイの気配に気づいて、こほん、と仕切り直した。
「職人は道具を選ばないんだよ。つまり、ただ眺めていただけだ」
「あ、欲しかったんじゃないんだ?」
「決して欲しいわけじゃない。というかこれ買うなら他の物を買った方がいいしな」
そうなんだ、とオットイが言うと、ティカは拍子抜けしたように体を脱力させる。
「……張り合いないな-、おまえ」
肩を張っていたのが馬鹿らしく思えたのか、彼女がぼそっと呟いた。
「ほんとは欲しいよ、そりゃあな」
でも、そう簡単に買えない事情がある。
両手を上げて、降参のポーズを取った。
「毎日を生きるのに必死だから、今じゃ全然無理」
「じゃあ、ティカの店を人気店にしなくちゃね」
「…………、言うじゃん。ちょっと見直したぜ」
ティカの拳が、優しくオットイの胸に当てられた。
「人気店……あたし、目指してるんだ。――夢、なんだよね」
オットイは言葉に詰まった。
ティカも詳しく話す気はないらしく、視線と共に話題も別のものへと移っていった。
「あ。あれってさ――魔族の旅人じゃないか? 多分先の方からこの町にきたっぽいぞ」
「本当だ、いるね……でもどうするの? なにか用でもあるの?」
「オットイの仲間がどこに行ったのか、聞いといても損はないだろ。方向だけでも分かってれば追いかける時も迷わないし。軍資金の金額の目処も立つだろ」
「それは、そうだけど――というか聞いてたの?
僕の話、さっきはまったく興味なさそうだったのに」
「興味はないよ。オットイに行ってほしくはないし」
手を引かれながら、ティカにそんな事を言われて少し驚いた。
「大事な労働力だしな」
だよね……、と予想通りだったが、それでも抱いた感情は同じだ。
「興味はないけど、話は聞いてた。だってムカつくしな、そいつら」
「僕の仲間だから、あまり悪く言わないでほしいけど……」
「はっ、オットイを馬車から落とした事にも気づかず町に入って、しかもそのまま待たずに町を出る奴ら、仲間と言えるのか疑問だがな」
付け加えれば、オットイの荷物も全て馬車にあるため、奪われたに等しい。
オットイが身につけていたものしか、彼は持ち合わせていない事になる。
「でも、仲間だよ。ずっと一緒に旅してたからね」
物心ついた頃から、メンバーとは顔見知りだった。
旅をしたのはまだ短い期間だが、知り合いとしてはじゅうぶんに長い。
「……それでも、オットイは戻りたいんだろ?」
「うん。僕の居場所は、そこしかないから」
「――なら、仲間の元へ合流できるようにあたしたちも手伝うぞ。
もちろん、見返りは求めるけどな!」
ティカの変わらない物言いに、オットイがくすっと笑った。
集まって談笑していた魔族たちに聞いたら、ここへ来る途中、馬車に乗る一団を見かけたらしい。
オットイが知っている仲間の風貌と一致していた。
どうやら仲間たちは魔王勢力が支配している土地へ進軍して行ったらしい。
「良かったな、オットイ。行き先がこれで分かったな」
「うん。やっぱり最寄りの村へ向かったんだね。でも、なんでこの町で長居しなかったんだろう……? 装備を整えるって言ってたのに。この町に着いてそう時間も経ってないと思うんだけどなあ……」
彼らに聞いてもこれについては分からないだろう。
見かけただけで、行動の詳細を知っているわけではないのだから。
「にしてもこの町は最高だぜ、ティカ」
「だろ? 自由な町だからな、おまえらもこのまま住んじゃえよ」
と、いつの間にかティカは魔族たちと仲良くなっていた。
ジョッキに注いだ酒を飲む隣で、ビンに入った炭酸飲料をティカが飲み干していた。
顔を赤くしながら、がたいの良い魔族と肩を組んでいる。
……酒は入っていないはずなんだけどな……。
「おっと、手が滑っ――」
「ティカ。そろそろ買い物しないと!」
魔族の男の片手が、ティカの胸へ向かう怪しげな動きをしたので、オットイがティカを引き剥がす。
「ちぇー、なんだよ良いところなのにー」
「ティカは自分が女の子だって自覚した方がいいよ」
「あーん?」
見た目だけを言えば、見知らぬ男を自然と誘惑しているのだから。
だが当の本人は分かってなさそうな顔で、オットイに体を預ける。
すぐさま立ち去ろうとする後ろでは、魔族たちが不満そうに立ち上がった。
「ちょっとくらいのお触りならいいだろ、ここは自由の町なんだろ?」
魔族たちの下品な笑い声が響く。
町の中でも最も人が集まる商店街であるため、人の目がかなり集まっていた。
「嫌だ、って拒否されたわけでもないしなあ」
そんな女々しい台詞、ティカは多分言わない。
素面であれば、多分ぼこぼこにしていたと思う。
だからある意味、オットイは彼らを救ったとも言えるのだ。
「今のティカは危ないですから、引き取りますね」
言い合いも喧嘩もオットイにはできない。
だからここは手早く離れるべきであった。
「待てコラ」
オットイの頭が魔族の太い手に掴まれた。
りんごを砕くように、あっさりとオットイの頭蓋を割れる力を持っている。
オットイの背中に、冷や汗が流れた。
「情報を渡した見返りがねえな。そうだ、ティカを置いてけ。なあに、一緒に飲んでお喋りするだけだ、なにもしねえさ。ああ、小僧、お前は帰っていいぜ、必要ねえ」
「いえ、僕たちはこれから――」
買い物に行く、と答えようとしたところで頭が割れるような痛みを発する。
言葉にならない悲鳴が上がり、オットイが膝をつく。
「拒否権はねえんだ、人間」
オットイはこの時、初めて相手の顔をしっかりと見た。
彼は、鹿面の魔族であった。
「てめえは黙って言う事を聞いてりゃいいんだよ――っ、痛ッ」
その時、鹿面の魔族の足下に石ころが落下した。
彼の頭に一度、当たったものである。
彼の後頭部から、些細なものだが、血が流れ出ていた。
「……誰だ、やったヤツは」
振り向いた彼は、戦慄した。
周囲を囲んでいたギャラリーの全てが、魔族たちを敵視していたのだ。
その中には同じく、魔族も混じっていた。
「なっ、なんだお前ら!?」
「この町では魔族も人間も同じ住民として扱われておる。区別するとしたら、住民か、客人かくらいだろう。だが、お前は今、人間、と言ったな?」
杖をついた老人だった。
周囲の野次馬たちが、次第に彼らを中心へ追い詰めていく。
「この町は、魔王勢力に支配された土地ではない。勇者勢力に管理された都市でもない。みなが自由に暮らす町なのだよ。自由とは言ったが、空気は読んで貰わんとな、新参者」
「……なるほど、そういう事か。
――悪かった、オレらもルールが分からなかったんだ、許してくれ」
事情を察した鹿面の魔族が両手を上げ、軽い対応で野次馬をなだめる。
これで納得すると思われたが、老人は一旦優しい目になった後、再び目に闘志を宿した。
「そうかそうか、この町のルールに則ってくれるのならば良い。
……ただし、ティカちゃんを襲おうとしたのは看過できんなあ?」
老人が杖を持ち上げた。
木製部分が鞘になっており、引き抜かれたのは細い剣である。
刺突に優れたレイピアであった。
「お、おい!? なに考えてんだお前! そんな物騒なもん持ち出して!」
「自分の身は自分で守るために、携帯は当然なのだよ。安心しな、殺しはせんよ、二度とティカちゃんの目の前に姿を見せられないように教育をするだけだからな」
「はっ、死に損ないの老人一人に敵わないと思われているのかね、オレは――」
しかし、武器とは多種多様に存在し、それを扱う者も同様に多数存在する。
この場にいるのは、老人一人だけではないはずだ。
「……おい、お前ら、マジかよ……。なんであんな小娘一人のためにッ!」
「部外者に教えるつもりはないが、知りたい者もいるだろう」
老人はその時、ちらりとオットイを見た。
心を見破られ、オットイは呼吸が止まった。
「――恩がある。それにあの子は、この町の子だからな」
すると、オットイの肩をとんとんと叩く者がいた。
見知らぬ男性であったが、彼はオットイの味方である。
「君、今の内にティカちゃんを連れて逃げるんだ」
急かされ、反射的に頷くオットイ。
「……でも、大丈夫ですか……? 相手は体格がまったく違う……えっと」
「魔族、だろう? 差別的な意味でなければ構わないさ。その時のニュアンスでこっちも判断する。悪意がないのは聞いている方も分かるからね」
彼は優しく微笑み、オットイとティカの背中を押して退路を進ませる。
「多分あの人たち、強いです」
「そうだね、分かるよ。でも大丈夫。安心していいよ。――だって私たちも強いから」
彼の腰にも剣が装備されている。
それを横に抜き取った。
その刃の研がれ方は、百戦錬磨の者にしか作れないものだろう。
「多少のブランクがあるが、日夜この町では大小関わらず揉め事や事件が起きている。駆り出される事も少なくないのさ。全員というわけではないけど、元魔王勢力や勇者勢力だったものが多い。戦闘に関しては頼ってくれていいよ」
「え、元……!?」
「さあさあ、早く逃げるんだ。そうだね、落ち着くまではどこかに隠れていた方がいいかもね――じゃあ君、ティカちゃんの事、任せたよ!」
「あっ!」
そう言い残し、剣を持った男性が渦中に飛び込んでしまった。
ティカを任されたオットイはひとまずこの場から離れる。
「ここから近い場所、近い場所……身を隠せる所って――」
オットイはまだこの町に来て日が浅い。
というか二日目である。
知っている場所なんて二か所くらいだ。
であれば、行き先は一択しかなかった。
「オットイぃ、このまま酒飲みに行こうぜぇ」
「うるさい酔っ払い。そもそも僕らまだ未成年でしょ」
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