第9話 本格始動

「オットイ、買い出し行くから手伝えよ!」

「うん、いいよ」


 店内の掃除や開店前の下準備を終えたところで、ティカがオットイを呼び出した。

 買い出しと言っても昨日のような大荷物ではなく、両手で持てる程度である。


「びしばし働いてもらうからな、結局、昨日だっておまえ手伝えてないし。タダで泊めるほどあたしも甘くはないってことだ」


「それで、ティカ……相談があるんだけど……」


 扉のドアノブに、ティカが手をかける。

「ん?」

 と声だけで反応した。


「今日も泊まらせてほしいんだ、まだお金も稼げてないし……」

「いや、今日も泊まるだろ。店の後片付け、誰がやると思ってるんだ?」


 ティカのその言葉に、オットイがぱぁっと顔を輝かせる。

 朝から不安だったが、これで今日の寝床を確保できた。


「今日だけじゃないぞ、明日も明後日もだ! びしばし働け、あたしが使い潰――いや、まともに生活させてやるから安心しろ!」


 ティカが腰に手を当て、胸を張る。

 聞いたオットイが、彼女の手を取った。


「ありがとう、ティカ!」

「いやいや、オットイも信じ過ぎだ。お前をこき使ってこいつが楽したいだけだからな!?」


 チッ、という舌打ちがティカの口からこぼれる。

 ウィングが睨むと、彼女はささっと顔を逸らした。


「一泊するだけの雑用の量じゃないから。これとは別にお前は金を稼ごうとしてるんだろ? 時間的に無理だろ、貯まるわけがない。それをあいつは利用しようとしてるんだ。逃げられない環境を作ってオットイを店に縛り付けようとしてるんだよ!」


 びしぃ、とティカを指を差す。

 ウィングのその指を掴んで、曲がらない方向へ曲げようと力を入れ、二人の力が拮抗して良い勝負が繰り広げられる。


「人聞きの、悪い事を、言うなよ……!」

「お前、自分がするべき雑用、全部オットイに押しつけてるじゃんかよ……!」


 そんな二人に割って入り、まあまあ、となだめるオットイ。


「僕はいいよそれでも」

「良くないだろ! ……というか、聞いてもいいか? お前の目的」


 泊まる所がない、お金がない、だから生活費が必要であるというのは分かった。

 だが、その先、オットイはどこを目指しているのか、というのは不明のままだ。


 この町に住むわけではないのだろう。


「いいじゃんそんなのどうでもさー」


 ティカは興味がなさそうだった。

 しかしウィングは聞かずにはいられない。


「こいつ、滅茶苦茶だろ? だからおれは常識人でいなくちゃな。バランスが取れなくなる。言っておくが、今のオットイの待遇は不当だからな?」


 自覚があるのか、ティカはそれについて言い返してはこなかった。


「店を手伝ってくれるなら、普通に給料を払うよ。いいだろ、ティカ?」

「…………好きにすれば」


 唇を尖らせて、なぜか不満そうである。

 給料は少し低いが、その分、家賃は払わないでいい、という契約になった。


「これでおれたちは対等になった。

 仕事仲間であり、一緒に住んでるから、家族みたいなもんだな」


「家族……」


 オットイにとっては懐かしい言葉である。

 共に日々を過ごせば家族である、とはとても思えないオットイだったが、この二人には当てはまる言葉だなと思った。


「じゃあ話せ」


 ウィングはいきなり脅すような口調に切り替わった。

 至近距離で詰め寄られる。

 この辺りは、姉のティカにそっくりであった。


「は、話す、話すよ! ……じゃあ、買い出しに行きながら、にしようか」


 ……正直、オットイにとっては椅子に座って向き合って話すような事でもないのだ。



 壁に囲まれた円の形をした町の全体図。

 その中心地点へ向かう、ティカたちの姿があった。


 中心地点には商店街があり人も多い。

 買い出しをするならそこへ行く者がほとんどだった。

 目的の商品が見つからない、という事はないだろう。


 昨日は業務に使う食材であり、量が必要だったので商店街には行かなかった。

 商人同士のコネもあり、ティカたちは常に安さを求めている。


 商店街の商品は、基本的に少しだけ高いのである。


「うちは貧乏なんだ、人が一人増える事の重要性を知っておいてもらいたいな」


 オットイがいる事で、食事を一人分多く用意しなくてはならない。

 ティカたちにとっては経済的に大打撃である。


「ねえ、ウィング」


 ひそひそ声で、オットイがウィングに寄り添う。


「いつもティカの料理を食べてるの?」

「……出来合いのものを買って食べてる。温めるだけ、とかな。出費が多いがティカの殺人級の料理を食べるより全然マシだ」


 腹を壊したりして治療費がかかるのを見越せば、安く済んでいると言える。

 なら、ウィングが料理をすればいいのではないか、と思ったが、そうしないのには理由があるからだろう。


「あー、無理無理。天性の料理下手だからな、ウィングは」


 ティカの料理は食べられるが壊滅的に味が不味い。

 しかしウィングはなんとか食べられなくもないが、確実に体に悪いものを作ってしまう腕の持ち主だった。


「焦げるタイミングが分からないんだよなあ」


 料理店の店員とは思えない発言である。


 そしてさっきから気になっていたのだが、オットイたちの周辺がなぜか空いており、ここ以外は混んでいるが、苦労なく前へ進めている。

 楽に越した事はないが、理由が分からなければ不安になる。


「ティカが、避けられてる……?」

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