第6話 弟、登場
荷車を指差した。
つまり、ティカはオットイの身柄と交換で降伏を宣言したのだ。
「そう、それでいい」
魔族の方も緊張を解いた。
オットイを掴んだままだが、その力は大分緩くなっている。
これで誰も傷つかず、事態は丸く収まる。
だが、納得いかないのは、オットイである。
「ダメだティカ! 僕なんかどうだっていいから!」
大金をはたいて手に入れた大事なものを、みすみす手放させるわけにはいかない。
これ以上、ティカの邪魔にはなりたくなかった。
「いいから黙ってろ、オットイ!」
「そうだ、正義感を振り回すにはちょっと遅いよ小僧」
その通りだ、魔族が現れた時点でティカよりも早く動くべきだった。
だが実際、オットイはなにもできずに眺めているだけだった。
ちょっとどころではない。
誰が見ても遅過ぎる。
「…………役立たずであっても、邪魔にだけはなりたくないんだ!」
どんっ、とまるで肘打ちをしたかのような挙動と衝撃だった。
鳥面の魔族が大した事のない攻撃に鼻で笑ったが……、
次の瞬間には、くちばしから血が垂れていた。
オットイにも攻撃手段がある。
それはティカよりも凶悪なものだ。
「――このッ、小僧ッ!」
蹴飛ばされ、オットイの体が地面に削られる。
彼が持っていた短刀が、魔族の腹部に深く突き刺さっていた。
溢れ出す血が、羽を真っ赤に染め上げていく。
魔族の力でいとも簡単に短刀が引き抜かれた。
しかしダメージは深刻である。
魔族の体勢はふらふらと落ち着きがない。
体の軸がぶれているかのようだった。
「小僧……っ!」
怒り狂って血走る目がオットイを狙う。
尻餅をついているオットイは、身動きが取れなかった。
魔族のその目によって、全身が縛られているかのようだった。
「こいよ死に損ない」
オットイの前に立ったのは、ティカであった。
その手に武器はない。
だが、今の死に損ないの魔族であれば、武器などなくともなんとかなると思ったのだろう。
右の拳を相手に向けた。
「……なめるなよ、この人間風情がァッッ!」
痛みと我を忘れて飛び上がった魔族が、上空から急降下する。
月と被る姿が神聖なもののようにも思えた。
「まだ……人間がどうとか言ってる奴がいるのか」
「……ティカ?」
彼女は急降下してくる魔族に恐れもせず、受け止める気でその場に立っていた。
ちらっと、オットイを見る。
その時の笑みは、悪戯を仕掛けた小さな少女のようだ。
「今日の事は、高くつくぞ?」
そして……、
結果は、ティカが受け止める前に鳥面の魔族が地面に落下した。
途中で力尽きたのだろう、魔族の意識は空中で既になくなっていたのだ。
オットイの一撃が効いていたというのもある。
だが、とどめの一撃は魔族の背中に深々と刺さっている、一本の矢だろう。
それを引き抜いた者がいた。
血のついた矢先を布で覆い、筒の中へ戻す。
帽子を被り、作業服を着た、整った顔立ちの少年である。
「遅い。寄り道せずにおつかいを済ませる事はできないのか、ティカ」
「遅い。あたしがどこにいるかくらいすぐに予測しろよ、ウィング」
二人、同時であった。
声が重なっても、互いに相手の言い分は理解できたらしい。
オットイは聞き取れなかったが、向き合う二人は不満そうな顔をしていた。
「……まあいい。帰るぞ、こっちはティカを待ってて腹減ってるんだ。戻ったらすぐに夕食にするからな」
「なーんだ、待ってたのか。先に食べてれば良かったのに。温めるだけで済むだろー」
「……忘れたのか?」
少年の言葉にティカが気まずそうに顔を逸らした。
失言だったと気づいた表情だ。
「食卓は二人で囲む。特別な理由がない限りは、絶対厳守のルールだ」
「はいはい、分かったからそう睨むなよなー。じゃあオットイ、また手伝って」
ティカが振り向き、オットイに手を貸す。
一瞬、この二人の背中について行ってもいいのかと迷ってしまった。
「うちに泊まるんだろ? 手伝いだって、まだ終わってないしな」
「泊まる? そう言えばその子は……ティカの友達か?」
反対されるかと身構えたが、作業着の彼はティカと同じく嫌な顔一つしなかった。
どちらかと言えば歓迎されているように思えた。
ティカに引っ張り起こされて、オットイが彼に問う。
「い、いいの……?」
「ティカから誘ったんだろ? なら、ティカへの生け贄に丁度良いし」
「生け贄って……」
「なら、人身御供だな」
「それ一緒だよね!?」
「はははっ、まあティカの事をよろしく頼むよって事だ。おれもずっとティカの相手をしていられるわけじゃないからな」
「あたしをなんだと思ってるんだおまえは」
腕を組むティカの態度は上から目線だ。
だが彼女のその態度は、間違いではない。
「なんだ、って、……姉貴。超我儘な、だな」
「こっちだって超生意気な弟だって思ってるしな!」
ティカが弟に詰め寄る……が、身長は弟の方が高く、背伸びをしなければ目線が合わない。
そのためつま先立ちで少し踏ん張らなくてはならず、しんどそうな息遣いが聞こえてくる。
「目を合わせるのもいちいちめんどくさいなおまえは!」
「なんだよその理不尽な怒り……」
「その点、オットイはあたしよりちょい低いくらいだから目を合わせるのも楽だぜー」
目を合わせる、ではなく、思い切り体重をかけられる。
不意打ちだったのでよろめいたが、なんとか踏みとどまる。
しかし数秒後、オットイはティカに下敷きにされて、地面に伏した。
「おまえ、貧弱過ぎるだろ……」
「…………」
「あれ? 打ちどころ悪かった? ――え、オットイ!?」
叩いて揺すっても目を覚まさないオットイを見て、慌てたティカがパニックになり、目をぐるぐると回す。
「ど、どどど、どうすればいいんだよ!?」
「慌て過ぎ」
姉の暴走を遠目から面白がって見ていた弟……ウィングが、頃合いを見て手を入れる。
ティカの後頭部へ軽く手刀を当て、倒れたオットイを見た。
口の前に手をかざす。息は、しているみたいだと分かった。
「寝てるだけだね。この子は、旅人? 町の人じゃないだろ?」
手刀が入った事で冷静になれたティカが頷いた。
「勇者だな。まあ、この通り弱過ぎるけど」
「へえ……。とりあえずこの子は寝てるだけだから心配しなくていい。家で寝かせれば回復するだろ。随分と疲れが溜まっていたんじゃないか? それか、ティカが使い潰したか」
「……どーだろーな」
「おい、その妙な間はなんだよ」
思い当たる節がある。
オットイをダウンさせたのは、多分それだ。
「あんまりさあ、人様に迷惑をかけるなよな」
オットイに迷惑をかけた気は毛頭ない。
ティカはウィングの言葉に同意した。
「だよな、迷惑をかけるのはダメだ。おまえも気をつけろよ」
なによりも自覚してほしいのはお前だよ、とは、今のウィングは言わなかった。
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