第3話 渡るべき危ない橋

「早くお金を稼いでみんなのところに戻らないと……! でもその前に、まず今日の寝床を探さなくちゃいけないんだよね……」


 明日を迎えるのも一苦労であった。

 中々、やりたい事に手が回らない状況である。


「わっ、凄い大荷物……旅の商人さんかな……?」


 宿屋を出てすぐであった。

 露店にある食材を大量に買っている一団がいた。


 荷車にどんどんと食材が積まれていく。

 木箱に、樽、麻袋だ。

 人力では微動だにもしなさそうな重量が荷車にかかっているだろう。


 買う量を見て咄嗟に集団と決めつけてしまったが、露店の店主とやり取りをしているのは、女の子だった。


 多分、年齢はオットイとそう変わらない。


「え!?」

 と、思わず声を出してしまって、少女がこちらに気づいた。


 オットイをじっと見つめる少女は、赤髪が特徴的だった。

 落ち着いた色のエプロンを身に纏い、丈が短いため、細い足が見えている。


 一人だけのように見えるが、まさかこの大荷物を、彼女が……?


「おい、ティカ。全然足りないんだが」


 店主がお金を勘定したが、不足分が追加される事はなかった。

 彼女は完全に無視である。

 にやぁ、と少女の表情が歪み、オットイが危険を察知して遠ざかるよりも早く、


「そこのおまえ、手伝え」


 両手を合わせて可愛らしい仕草なのに、言葉遣いで台無しだった。


「いや、僕はこれから外に……」

「なんだよ、こんなにお願いしてるのに。ちょっとの距離も手伝ってくれないのか?」


 お願いされたのは一回だが。

 いつものオットイならば手伝っていただろうが、今は死活問題だ。


 夜になる前に依頼の一つは達成して、宿の一泊分のお金を稼ぎたいところである。

 ……一泊どころか、軍資金を貯めるまでだから、何泊もしなくちゃいけないんだけど。


 とりあえず目先の危機である。

 この身一つで野宿など、魔物に襲ってくださいと言っているようなものだ。


 町の中でも安全とは限らない。

 同じような境遇の人から、追い剥ぎに合うかもしれないのだから。

 荷物のないオットイには、もう失うものはない、とは言え、命を手放してはいない。


 法整備されていないこの町では、自分の身は自分で守らなくてはならないのだ。


「ふーん。泊まる所がないならうちくれば?」

「へ? ――いいの!?」


 オットイが思わず詰め寄った。

 なぜか彼女も張り合うように、顔を突き出す。

 頭突きでもするかのような勢いだ。


「手伝ってくれるならな。この荷物を家まで運ぶから。で、そのまま泊まればいいじゃん」


 手伝った報酬として、一泊させてくれる。

 この提案は渡りに船である。

 これから魔物を退治しに行くよりは、手っ取り早く確実な方法だ。


「小僧、やめとけ」


 しかしオットイを止めた言葉があった。

 露店にいた店主の中年だ。


「そいつと関わると身を滅ぼすぞ。美味しい話には裏があるんだ、見ろこの金額、こいつが俺の店で買い物して、足りなかった金額だ。一〇〇万をゆうに越えてやがる」


 紙束をぺらぺらとめくる。

 一回ごとにきちんと記録しているのだ。


「そして今だ、こんだけ貯めておきながら微塵も罪悪感がねえし、なおも増やすこいつの精神力が恐ろしいよ」


「おっさんはいちいち細かいなあ……」


 彼女は言う。


「安心して、返すから」


「その笑顔で全部乗り切れると思ったら大間違いだクソガキ!」


 ピキッ、と少女の額の血管が浮き上がる。


「返すって言ってるだろ! なんでそんなに信用がないかなあ!?」


「普段のおこないだろうなあッ! あちこちで迷惑をかけやがって! この疫病神ッ、いやお前の場合は貧乏神かッ!」


「家の事を言うなッ!」


 少女が足を振り上げ、店主の頭めがけて振り下ろす。

 ……躊躇いが一切ない。

 それを両手で受け止める店主も店主で手馴れている。


 なによりも、それを見かける通行人が一切動揺を示さないのだ。

 おろおろしているのはオットイだけである。


「止めた方がいいの……? いや、無理だ」


 巻き込まれて終わるだけだ。

 しばらくしても喧嘩が収まりそうにないので、意を決してオットイが首を突っ込んだ。


 かけたのは声だ。

 大声を出すのに、少しの準備を要した。


「あのッ! 僕、構いませんから! 手伝います!」


 店主の忠告はありがたい。

 今の状況を見ればなんとなく危ない橋を渡っているのだろうなと自覚もしている。

 その上で、彼女の懐に入ってしまった方が上手くいく気もした。


 今は明日を迎えるのが最優先。

 その先の厄介事はその時に考えればいい。


「小僧、いいのぐえっ!?」


 再確認しようとした店主のふくよかな腹を踏みつける。

 足の裏が店主に向けられたまま彼女がオットイを指差した。


「じゃあ、これ運んで」

 それから、くいっ、と親指で荷車を差す。


「道はこっちで合ってる?」


 荷車の取っ手を掴んで、彼女に聞いた。

 その時にはもう、彼女は上に乗っている樽に腰かけていた。


「その都度指示するから頑張ってよ」

「え……、僕一人……?」

「そうだけど、なにか文句でも?」


 彼女の足の裏が、オットイの後頭部を軽く小突く。


「できるだろ、だって勇者なんだから」


 ――なんで知って……、と思ってすぐさま手の甲の刻印を見られたのだと分かった。


 ……しまった、手袋……っ。


 つけ忘れていたのは、オットイのミスである。

 己の証明として役に立つが、力が伴わなければ誤解を与えてしまう。


 オットイはただ、勇者であるだけなのだ。


「でも、うん……頑張ってみる!」


 ……魔物は倒せないけど、荷物を運ぶくらいは僕にもできるはずだ!

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