level1 置き去りの勇者
第2話 野宿?
「えっ、失敗したのッ!?」
クマのような耳がぴくんと跳ねた、ように見えた。
それは少女の頭を隠す、被りものである。
宿屋の受付席にて、オットイは気まずそうに目を逸らした。
今、この場には二人だけである。
そのため、彼女の声も大きくなったのだ。
煤だらけになった顔は川で洗っているため、オットイの見た目は無傷に見えるだろう。
「もしかして、逃げてきた……?」
「ちゃんと戦ったって! 髪の毛ちょっと焦げてるでしょ? 倒せなかったよ……」
「そっちの方がびっくりだよ。だって一番簡単な依頼を渡してあげたのに……」
「か、簡単なのかなあ……?」
ここは宿屋でありながら仲介屋でもある。
町の人々から受け取った依頼を腕自慢の旅人にお願いし、達成すれば金銭のやり取りが発生するのだ。
宿屋が仲介を兼任しているのは、旅人が多く訪ねるからであり、依頼を目に通す頻度が多いためである。
町に宿屋は複数あり、もちろん依頼も多種多様に分かれている。
宿屋の大きさや人気に比例して依頼も高難度のものになっていく。
この宿屋は失礼だが儲かっているようには思えないし、まるで一軒家のような佇まいだ。
部屋も三部屋しかなく、しかも満員ではない。
依頼の難易度も、そりゃ低いわけである。
「どーするの?」
受付席にある店主を呼ぶ鈴の音を、ちりんちりんと鳴らしながら。
「お金、ないんでしょ? だから一泊する事もできないと。このままだと野宿になるけど?」
「も、もう一回、行ってみようと思うけど……」
窓の外を見れば既に夕日が見えている。
数時間もすれば夜の帳が下りてしまう。
夜に町の外を出歩くのは危険だろう。
勇者であればなんとかなるだろうが……。
「ほんとに勇者なの?」
「ま、まあ、一応……」
手の甲には薄緑色の刻印がある。
その形は舵輪のようにも歯車のようにも見える。
ちなみに彼女にはさっきも一度見せていた。
「勇者って、みんな強いものだと思ってた」
「なんか、ごめん……」
「謝らなくてもいいのに。わたしが勝手に幻想を抱いていただけだし。それに荷物全部持っていかれちゃったなら、仕方ないと思うよ」
「多分、準備万端でも変わらないと思う……」
装備の問題ではない、弱さはオットイ自身の問題なのだ。
「――大丈夫よ! 依頼の魔物は後ろから狙えば簡単に捕まえられるし、オットイでも何度も挑戦すれば絶対に成功するはずよ!」
宿屋に戻る前に五度挑んで全て敗北している。
惜しい場面など一度もなかったが、これでもまだ足りない、という事なのだろう。
思えば動きも掴めてきたような気もする。
「うん、もう一回行ってくるよ!」
「部屋に空きはあるし、多分埋まらないだろうから、いつまでも待ってるね」
「……やっぱり一泊だけでも譲っては……」
「ダメだよ? 現金で今払いじゃないと泊めてあげなーい」
「だ、だよねー」
当たり前だが、そりゃそうだという話だ。
宿屋を出る際に振り向けば、笑顔で手を振られた。
しかしあれは多分、
「……僕じゃなくて、お金に、なんだろうなあ」
結局、依頼を達成しても宿屋に一泊するため、そのお金は少女の懐に入るのだ。
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