旅する勇者がきらう町

渡貫とゐち

level0 チュートリアル

第1話 レベル1の勇者

 体に不釣り合いな小さな翼を持つ竜がいる。

 その竜は、底の浅い川の水面に顔を寄せ、舌を使いちびちびと水を飲んでいた。


「……見つけた」


 息を潜めた声がする。

 背後から近づく少年がいた。

 彼は道中で拾った木の棒をぎゅっと握っている。


 砂利道であるため、僅かな足音でも勘付かれてしまうだろう。

 少年は慎重過ぎるほど慎重に、一分かけて一センチを進んでいた。


 薄い青服に軽い胴当て、肘当てや手袋をしてはいるものの、全体的に軽装である。

 誰が見ても旅人とは思えないだろう。

 魔物に挑もうとすれば必ず止められてしまう。

 だが、幸いにも周りに人はいない、彼を止める者はこの場にいなかった。


「今度こそ……!」


 体に力が入る。

 慎重に進めていた足が、砂利道の砂利を力強く踏んだ。


 石と石が擦れる音……、

 僅かな音だったが、竜が音の方を勢い良く振り向いた。


「!」


 互いに目が合い、一瞬の間、硬直してしまう。

 先に動いたのは竜の方だった。


 シシャーッ、と大口を開けて威嚇する。

 しながら、竜の足が一歩一歩と少年に近づいて来ている。


「う、うああああああああッ!」


 竜の歩みに合わせて彼も後退するが、数歩で踏みとどまった。

 木の棒を両手で握り直し、大声で叫んだ。


 震える両手両足を、叫ぶ事で止めようとしたのだ。

 次に、彼がおこなった行動は得策ではない。


 ――竜の正面から、棒を振り上げ跳びかかったのだ。


 竜の喉奥に見える赤い光。

 それから微動だにしない竜は、全ての足に力を入れている。


 照準がずれないようにしていたのだ。


「カッ!」


 竜の口から吐き出されたのは、赤い火の玉である。


 握り拳くらいの大きさだが、少年の顔面へと吸い込まれるように飛び――、



 やがて、ぷいっ、とそっぽを向いた竜が興味を無くしてその場から去って行った。

 愛玩動物にも見えるぬいぐるみのような竜であり、初心者でも倒せる魔物であるのだが……少年は顔を煤だらけにしながら、その場で大の字で倒れていた。


「……う、ぅう、また負けた……」


 ぐるぐると回る両目。

 そして丸メガネのフレームが、ぐんにゃりと歪んでいた。


 身に着けているのは薄くても体を守るための装備である。

 だが、当たってくれなければ意味がない。

 無傷の胴当てが、新品同様の姿で彼を包んでいた。



 少年の名はオットイと言う。

 これでも選ばれし、レベル1の勇者である。

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