46.重苦しい空気の中で

 ペルレアルの街に戻ったわたし達は、すぐにタパスさんへの面会を求めた。幸いにも時間があったようで、すぐに応接室に通される。


 応接室では魔植物が相変わらずゆらゆらと体を動かしている。あれはもしかして挨拶をしているんだろうか。同じように揺れた方がいい?

 揺れるのはちょっとな、と思ったわたしはとりあえず頭を下げてみる。真似するように魔植物が頭を下げた。意思疏通が出来たようで何だか嬉しい。


「何をやっているんだ、アヤオは」

「タパスさん」


 呆れたような声に振り返ると、タパスさんが部屋に入ってくるところだった。タパスさんの姿を見た魔植物が葉っぱを赤くして激しく揺れ動いている。……大好きなのかな?


「タパスさん、随分とこの子に好かれているんですね」

「毎日の水やりは俺の担当だから、それで懐かれたんだろう」

「この子の名前はあるんですか?」

「グロウだ」

「グロウちゃん」


 グロウちゃんはぺこりと頭を下げている。自己紹介をしているみたいで可愛く見えてきた。最初はメロウちゃんも怖かったんだけど、わたしも随分慣れたみたいだ。



「掛けてくれ。ハルピュグルの里で何か分かったのだろう?」


 促されるままに、ラルと並んでソファーに座る。タパスさんが淹れてくれた紅茶がテーブルの上で湯気をたてていて、とても美味しそう。誘われるようにカップを取って早速口に運ぶと、バラの香りが鼻を抜けていく。うん、美味しい。


「それで、どうだった。記憶は戻ったか?」


 タパスさんの問い掛けに、ラルは首を横に振った。「そうか」とだけ言ったタパスさんは、特に期待はしていなかったのかもしれない。


「記憶は戻らなかったんですが、弟に会いました」

「弟? 亜人狩りの襲撃者に似ているという弟か?」

「そうです。亜人狩りについて追求する事は出来なかったんですが、弟がハルピュグルの里を滅ぼしたと言っていました」

「本人がそう言ったのか」

「ええ」


 わたしは紅茶を飲みながら、シルヴィスの事を思い出していた。ラルとよく似ているのに、熱をまったく感じられない冷たいひと。自分の両親を、同族を手に掛けて、それを悔いる事もないようだった。


「弟の名はシルヴィス・アルナイル・フォン・ルプス。ハルピュグルこそが至高の存在であると信じて、外界と融和する事を拒絶しています。里を滅ぼしたのも、それが理由だと弟は

語っていました」

「秀でた種族にはそういった考えを持つ者も少なくはないというが……まさか里を滅ぼすまでの暴挙に出るとはな」

「……シルヴィスって、昔からあんな感じだったの? その、ハルピュグルこそが絶対! みたいな感じの子どもだったのかなって……」


 カップをソーサーに戻して、ラルに問い掛ける。

 ラルは困ったように眉を下げながら、小さく頷いた。


「子どもの時はそんな事もなかったんだけど、成長するにつれてあの思想に染まっていったんだ。ハルピュグルの中にも、自分達こそが絶対っていう派閥があったんだけど……どうもその面々からの影響が強かったみたいで。それでも長い時間をかけて対話を重ねて、過激派も外界との交流を持つ事に納得していったんだ。でもシルヴィスには伝わらなかった」


 目を伏せたラルの長い睫毛が、泣きぼくろに影を落とす。

 重い空気が沈黙となって部屋を満たす。タパスさんがカップを手にして、それにつられるようにわたしもまたカップを手にした。紅茶の温かさが冷たくなった指先に沁みていく。


「ハルピュグルの里で起きた事件は、ハルピュグルの間で裁かれる。そこに国が介入する事は出来ん。しかし他種族を害したとなれば話は別だ。この話は管理院にも上げるが構わないな?」

「もちろんです」

「弟を捕縛する事になるが、居場所は分かるか」


 ラルは首を横に振った。膝の上で組まれた指先に力が籠っているのか、白く色が変わっている。


「すみません。里で会った時もこちらが逃げた方で……」

「お前が逃げる?」

「弟はオレよりも強くて、オレを殺す事に躊躇もありません。アヤオが助けてくれなかったら、きっと殺されていたでしょう」


 不意にわたしの名前が出て、わたしは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになってしまった。


「わたし?」

「アヤオがあの風の弾を撃ってくれなかったら、オレは死んでいたよ」

「当たらなかったけどね」

「それでも。おかげでオレは助かったから」


 タパスさんは頷きながらわたし達の会話を聞いていたけれど、深く息を吐き出すと背もたれに体を預け直した。腕組みをして眉を寄せたその様子は非常に迫力がある。


「……ジェラルドの強さは俺も認めているが……それよりも強いとなると中々に厄介だな。警備を強化するよう上申するが、出来るだけ早く身柄を確保したい。この件はまずギルドマスターに相談する事としよう」

「すみません」

「お前が謝る事ではない。里の惨状を見て、心も痛めているだろう。ご苦労だったな」

「いえ、この目で確かめる機会を頂けて感謝しています」


 ラルの指先に更に力が籠められる。わたしはカップをテーブルに戻すと、その指先を手で包んだ。ラルは目を瞬くも、すぐに破顔してわたしの手を握ってくれる。


「長距離の移動で二人とも疲れただろう。少し休みを取るといい。採取品も不足している様子はないようだからな」

「ありがとうございます」


 色々あったから確かに疲れているのは事実だ。ラルはもっと疲れているだろうし、そんな場合ではないかもしれないけれど、少しのんびりした時間を取った方がいいかもしれない。

 そう思いながらわたしはお礼を口にした。


 これで報告も終わりだ。

 きっと管理院から内々に任務が回ってくるだろう。シルヴィスはラルより強いとはいえ、同じハルピュグルであるラルの力を借りたいと思うだろうから。

 でもそれまでは。少しでもラルの心が癒されるように過ごしたいと思っていた。


 部屋を出るわたし達にグロウちゃんが手を振ってくれる。ホールではメロウちゃんが同じように見送ってくれた。

 心配そうなキリアさんにも手を振って、わたしとラルは冒険者ギルドを後にした。


 見上げた空は鉛色。

 いまにも雨が降りそうで、冷たい風が髪を乱していった。

 

 

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