45.離脱
「魔力もそれなりにありそうだし……うん、見目も悪くない。苗床にするには充分かもしれないな」
いま不穏な単語が聞こえた気がするけれど。聞き間違い、ですかねぇ。
ちらりとラルを伺うと、不機嫌さを隠そうともせずに顔をしかめている。
「お前は何を言っているんだ」
「え、だってこの世界を支配するハルピュグルを増やさなきゃいけないでしょ。ハルピュグルの女は僕が滅ぼしたから、強いハルピュグルを産む為には、魔力持ちの人種を使うしかない。人種の血はハルピュグルに干渉しないから、この血統が汚れる事もないしね」
ええと……だからといって苗床扱いはひどくないか。
兄弟なのにここまで性格が違うのか。一体どこで歪んでしまったのか。ちょっと聞いてみたい気もするけれど、関わりたくないのも本音だったりする。
胸に寄せたままのアサルトに魔力を流す。重みが変わって、ライフルがポンプ式ショットガンに変化する。シルヴィスもラルのように早く移動が出来るなら、アサルトだと当てられない。近くに迫られた時にショットガンなら多少は当たって、牽制になるだろうと思っての事だ。
「アヤオは渡さない」
「僕には勝てない能無しのくせに?」
「力で敵わないのと、守れるかどうかはまた別だからねぇ」
ラルが肩を竦めるとシルヴィスの形のいい眉がひそめられる。次の瞬間、ラルの背中には大きくて美しい鷲の翼が広がっていた。
「絶対に決着はつける。お前を止めるのが、次期族長だったオレの役目だ」
低音で言葉を紡いだラルは身を翻すと、わたしを抱いて飛び立った。「掴まって」と小さな声に促されるままに、わけもわからないけれどラルの首に両腕を回す。わたしの背中と膝裏に手を回して、ラルはスピードをあげていく。
「結局また逃げるんだ! あはははは!」
ラルの肩越しにシルヴィスの哄笑が聞こえてくる。そっと覗くと、同じように翼を出したシルヴィスが追いかけてきていた。
「大丈夫。飛行でオレに勝てる奴はいないから。まぁ……情けないけど」
ラルがわたしに視線を送ってくるが、眉を下げて笑うその表情が悲しくてわたしは首を横に振った。
「わたしを守る事を一番に考えてくれたんでしょ? 情けなくなんかない。ありがとう」
「アヤオ……」
「それに、わたしにも出来る事があるよ」
わたしは片手でラルに掴まったまま、逆手を胸の前に掲げる。
「波よ波 すべてを飲み込め 風が青き竜となれ
詠唱に応えて現れた風の精霊が、わたしの手の平の上でくるくると回る。竜巻を両手に纏った精霊はラルの背後へと飛んでいく。
そして竜巻のひとつをシルヴィスに、もうひとつをラルに。シルヴィスとラルの間に凄まじい程の風が巻き上がる。
「うわ、……!」
風の勢いにラルがバランスを崩したのも一瞬で、上手に風に乗ったラルは先程までよりも速い。向かい風に邪魔されたシルヴィスは追う事を諦めたのか、宙に留まりこちらを見ていたけれどその姿はあっという間に見えなくなってしまった。
「凄いな、アヤオの風魔法は……」
「精霊が力を貸してくれているだけで、わたしが凄いんじゃないんだよ」
「いや、アヤオは凄いよ。……オレはいつも守られてる」
守って貰ってるのはわたしなんだけどな。
それを言っても、ラルはきっと否定をするだろうから。だから何も言わないで、ただ抱きつく両腕に力を込めた。
傍にいたいと、その気持ちを込めて。
予定していた町ではなく、まだ南下を続けて二つめの町に宿泊する事にした。
宿に入った時には雪のせいでわたしもラルもずぶ濡れで、気の良さそうな女将さんに大浴場に追いたてられた程だった。日本にあった銭湯のような、男女別の大浴場は何だか懐かしい。それなのに建物自体は洋風で、そのアンバランスさがこの世界ならではだなと、妙に納得してしまう。
すっかりと温まって、部屋で夕食も頂いて。
疲れていたのか小さな欠伸が出てしまった。
「もう眠る?」
「んー……ごろごろはしたい」
ダブルベッドに寝転がりながら枕を抱えると、ベッドの端に座ったラルが肩を揺らした。わたしは手を伸ばして、ラルの髪に触れる。艶やかな髪は腰まであって、とても綺麗。
「オレもごろごろする」
「はい、どうぞ」
髪から手を離して、枕を抱いたまま端に転がる。上掛けと毛布をめくったラルは、わたしをその中に押し込んでから自分も同じように毛布の中へと入ってきた。
今日はツインルームが空いていなくて、ダブルベッドの部屋をとった。
またラルは何か言いたげだったけれど、わたしはラルの視線を無視して部屋を決めたのである。今日も一人で寝かせたくない。一人で抱える悲しみではないもの。
「ねぇ、ひとつ聞いてもいい?」
「ひとつと言わずいくつでも。聞きたい事がたくさんあるだろうから」
枕を元の位置に戻し、それに頭を預けながらわたしは問い掛けた。
ラルはわたしの手を両手で包むと、優しい眼差しで応えてくれる。
「……強いハルピュグルを生むのに、人種の女の人がいいのはどうして?」
「え、それ? 族長だとか能無しだとか、もっと他に聞く事ないの?」
「だってハルピュグル同士だったり、他の強い亜人種だったりの方が強そうなのにって思っちゃって」
苦笑いをしているラルは片手でわたしの手を包んだまま、逆手で頬に触れてくる。その温もりが気持ちいい。
「ハルピュグル同士も強いんだけどね。他の亜人種との間に生まれた子は、ハルピュグルとその亜人種の力のどちらも使えるようになるんだ。でもどちらも半端にしか使えないから、純粋なハルピュグルより力が劣ってしまうんだよ」
「そうなんだ。……人種だと違うの?」
「人種は亜人種のような力を持っていないから、生まれた子はハルピュグルの力だけを持って生まれてくる。ただ、親となる人種が強い魔力を持っていると、それによってハルピュグルの力が強大になる……なんて言われてる」
なんとなく分かるような。
「えっと……他の亜人種だとハーフになっちゃうけど、人種だと産まれる子どもは純血のハルピュグルって事?」
「そういう事。しかも力は増している」
外界と融和する事を嫌っているシルヴィスが、人種を相手に子どもを作る気でいるのはそういう理由か。……いやいや、道具扱いかよ。苗床なんてひどくない?
「ごめんね、嫌な思いをさせたでしょ」
「わたしの事はいいの。それより……里の事」
「うん、タパスさんにはこの件の全てを報告するよ。里を滅ぼしたのも、亜人狩りをしているのが弟のシルヴィスだろうという事も。亜人狩りについて本人に聞けばよかったんだけど、余裕がなかったな」
溜息をつくラルの瞳が悲しくて、わたしはラルの頭を胸元に抱き寄せていた。
「……アヤオ?」
「今日はもう寝ちゃおう。色々考えちゃうし辛いけど、もう休もう。明日からまた頑張ろうよ」
「うん……。でもこの状況は、ちょっと別の事がやばいというか……」
「その事だけ考えてたらいいじゃない」
「うわぁ健全な男子に対して拷問だねぇ」
困ったように笑いながらも、ラルはわたしの背中に手を回した。触れあう場所から温もりが広がっていく。胸がどきどきして、そのもっと奥が切なくなる。
「おやすみ、アヤオ。……眠れるかは分からないけど」
「寝れる寝れる。体は疲れてるんだから、目を閉じたらすぐだよ」
わたしはラルの髪に顔を埋めながら小さく欠伸をした。石鹸がふわりと香る。
ラルが眠りに落ちるまで待っていようと思ったのに、わたしの方が先に眠ってしまいそうだ。
「アヤオ、ありがとう」
囁かれた声に返事が出来たかも分からない。
わたしの意識はゆっくりと眠りの中に沈んでいった。
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