25.雨と告白
ダイニングと繋がっているリビングのソファーで、わたしは横になっている。
落ち着いたグレーの色味が可愛くて、少しお値段は張ったけれど思いきって買った二人掛けのカウチソファー。これまたお気に入りの柔らかなブランケットに包まって、ごろごろするのがお気に入りだ。
ご飯を食べている間にラルが用意してくれていたお風呂にのんびりと入って、いまはラルが食事の片付けをする音を聞きながら横になっているんだけど……こんな怠惰な生活でいいんだろうか。
片付けはわたしがすると言ったのだけど、「体調が悪いんだから休んでて」とソファーに追いたてられてしまった。ちょっと甘えすぎている気がしなくもない、が……今だけだからと自分に言い訳をしている。
「アヤオ、何か飲む?」
「何もいらないよ。ありがとね」
片付けを終えたラルがわたしの元に近付いてくる。ラグの敷いてある床に座ろうとするから、わたしは慌てて起き上がった。そんなわたしの肩に手を置いて、ラルは有無を言わせずにソファーに倒してしまった。
「一緒に座ろ?」
「ううん、休んでて。……少し話を聞いて貰いたいから」
言われるままにクッションに頭を乗せ直したわたしの様子に、満足そうに笑ったラルは肩までしっかりとブランケットで包んでくれた。
話とは。ラルの能力の話なのか、それとも……記憶の話なのか。
ラルはラグの上に胡座をかいて座ると、わたしの片手を大きな両手で包み込んだ。それを自分の頬に寄せて目を細める。
距離が近い。わたしの顔のすぐ側、ソファーにいまにも顎が乗りそうな距離にラルの顔がある。これはソファーに並んで座るよりも距離が近いんじゃないだろうか。
それに気付くと、顔が熱くなっていく。誤魔化しも出来ないだろう距離で、わたしはもう気にしない振りをする事にした。
「まず、オレの能力の話を聞いてくれる?」
優しい声。小さく頷くと、
「オレはハルピュグルって鷲の能力を使える亜人種。ハルピュグルって知ってる?」
鷲。聞き覚えのない種類に、首を横に振った。
「ハルピュイアって魔物の名を冠した鷲の事なんだ。いまはもう存在しない種類の鷲なんだけど、オレ達の一族はその力を使う事が出来る」
「鷲……だから鉤爪と翼なの?」
「そう。鷲そのものにもなれるけどね、大体は体の一部分に、ハルピュグルの姿を宿す事が多いかな」
「鷲って凄く強いんだよね。わたしのいた世界でもそうだった」
「自分で言うのも何だけど、能力は高いと思う」
昨日わたしを助けてくれた時に、ラルの背中にあった大きな翼。白と黒の羽根が混ざった美しいその姿を思い返すと、頬が緩んだ。
「近い内にタパスさんに話しに行くよ。……【
この王国に暮らす事も冒険者をする事にも、種族による差別的なものはないはずだ。だからこれからもラルが冒険者を続けていく事に問題はない。戦力を把握しておきたいギルドには、所属するにあたっての
ラルはわたしの手を包んだままの手をソファーに置いて、間近な距離からわたしを見つめている。いつも穏やかな青藍の瞳が不安に揺れているように感じた。
「……オレはね、ここよりもずっと北。王国の北端にある、山の麓に広がる森の中で暮らしてた。ハルピュグル族だけの集落で」
やっぱりラルは記憶を取り戻していたんだ。
「外界との接触を断った、ハルピュグルだけの里。時々、外に憧れて出ていく人もいたけどね。外に出ていた人達が戻ってきて外界の技術や情報を広げて……もう少しハルピュグルも交流を広げていいんじゃないかって、そんな雰囲気になり始めてた」
そこで言葉を切ったラルは、下ろしたままの長い赤髪を邪魔そうにかきあげた。一瞬露になった額には、まだ薄く火傷の痕が残っている。
「里での記憶はそこまでしかないんだ。次の記憶の始まりは、幼体になって焼ける森をさ迷っているところから。その先は前に話した通り。……この姿になった時に、ハルピュグルの記憶は戻ってたんだけど、黙っていてごめん」
「謝る事じゃないよ。話してくれてありがとう。でも里で何があったんだろう」
「分からない。何か過失があって森が燃えたのか……それとも何かの襲撃があったのか。オレが知っている限りじゃ敵対している種族とはいなかったはずなんだけど」
ラルには帰る場所がある。
その事実に、少し胸が苦しくなった。
「そっか……。里に行こうか。もし焼けた森に住めなくなって避難しているなら、それも探さないとね」
「……探す?」
わたしの言葉に、ラルが目を瞬いている。
不思議そうなその様子に、わたしまで驚いてしまうほどだ。
「え、だって……帰りたいでしょ?」
「里がどうなっているかは気になるけど、オレはもう外界で暮らしていくって決めたから」
はっきりと紡がれた言葉。その力強さに、わたしはラルの手をぎゅっと握ってしまった。何も言わずとも、応えるように手を握り返してくれる。
「オレはアヤオと一緒にいたい。アヤオの事を大事に想ってる」
先程までよりも柔らかいのに、蕩けるような甘い声。その瞳も唇も、声を映したみたいにひどく甘い。
それって……。
「好きだよ」
薄い唇が、想いを形取る。
声を捉えた耳が熱い。その熱が顔に集まってくる。
撃ち抜かれたように胸が震えて、呼吸さえ奪われてしまうようだ。
「真っ赤。可愛いねぇ」
くすくすと笑ったラルがわたしの頬を指で擽る。保護したばかりの男の子の面影はどこにもなくて、わたしの目の前で色気を醸し出しているのは、余裕めいた男の人。
喋り方を忘れたみたいに、口を開いても声が出ない。何を言いたいかも分からなくて、どうしたいかも分からない。
そんなわたしの胸の内を見透かしたように、ラルは低く笑った。
「オレ、アヤオの傍にいてもいい?」
自分の気持ちとか、色んな事が分からなくなっている中でも、それに対する答えだけは持っている。
わたしは小さく、何度も頷いた。ほっとしたような顔で、ラルがわたしの頬に触れる。
窓にあたる雨粒が大きくなった。雨が強まって、音も凄いはずなのに――わたしの心臓の音の方がひどく喧しい。
ラルの左耳で、青紫の石が光を受けて光った。それがとても美しくて、胸の奥がぎゅっと疼いた。
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