15.二人での初仕事
朝から賑やかなギルド。
今日も色艶のいい魔植物がわたしに向かってお辞儀をしている。これはどうもご丁寧にと、つられるように頭を下げてしまうのは日本人の性かもしれない。
「おはよう、アヤオ。今日の髪型も可愛いわね」
「おはよう。キリアさんが褒めてくれて、朝から幸せ気分だよ」
今日は緩く巻いた髪を左寄りにポニーテールにしている。いつもの仕事着なのは変わらない。
相変わらず美人なキリアさんが、わたしの隣に立つラルへと目を向けて、驚いたように二度見をした。尖った耳がピンと立っているのは警戒しているからかもしれない。
「ラルの冒険者登録をしたいの。お願いできる?」
「え、ええ……それはもちろん。でも待って、ジェラルド君って子どもじゃなかったかしら? 子どもを保護したって……」
「それが実は大人だったらしくて。奴隷紋から解放したらこうなったの」
「ああ……奴隷紋に阻害されていたのね。サブマスターには私から報告しておくわ」
「ありがとう」
ラルに目を向けると、パーカーのポケットから【
興味があるのだろうか、待っている間中、ラルは周囲を見回している。その様子に思わず笑みが漏れたのも仕方がないと思う。
ラルは
皮鎧とかも勧めたけれど、動きやすい格好がいいと本人が主張したのでその通りにした。まぁわたしもローブの下は普段着みたいなものだけど。
武器も何なら使えそうか確認したけれど、いらないと言われてしまった。遠慮しているのかと思ったら、本当にいらないらしい。杖も使わないというし……何かあればわたしが守ればいいのか、とも思っている。
それにしても目立っている。周囲の冒険者(特に女性陣から)の視線が凄い。ラルが見慣れないからか、格好いいからか。
一気に伸びた後ろ髪はうなじでひとつに束ねている。長めに残していた前髪も、火傷痕が綺麗になってきたからと、ラルに頼まれて昨日切ってしまった。よく見れば額には火傷痕が残っていたけれど、人目を引くほどのものではなかった。
そうなると凛々しい顔立ちが目立つのだ。子どもの時は可愛らしい印象が強かったのにねぇ……なんて正月に会う親戚のおばちゃんみたいに思ってしまう。
見慣れないイケメンがギルドに居れば、注目も浴びるよなぁ。しかしラルはそんな視線にも気付いていないのか、気付いていても知らない振りか、特に気にした素振りはなかった。
「お待たせ。口座も開設してあるわ」
「ありがとう、キリアさん。早速一緒に採取してくるけど、必要なものはある?」
手招きするキリアさんのカウンターにラルと一緒に近付いていく。金属板がドッグタグに加工されていて、首から下げられるようにチェーンも付けてくれている。受け取ったラルは早速それを首から下げると、嬉しそうに表面を指でなぞっている。
「薬草系を多めに採ってきてくれると助かるわ」
「おっけー。じゃあ今日もラザフ平原に行ってくるね」
わたしは返事をしながら、自分のドッグタグをキリアさんに渡した。ラルに目を向けると、慌てたように首から外したタグを、同じようにキリアさんに手渡している。何だか微笑ましく思うのはキリアさんも同じようで、口元が綻んでいた。
いつものようにキリアさんが機械にドッグタグを通す。
空中に浮かび上がる【ラザフ平原付近での採取】という文字は、光となってわたしとラルのタグに吸い込まれていった。
「では気を付けて行ってらっしゃい。ジェラルド君、アヤオの事を頼むわね」
「はい」
「それって逆じゃない? わたしがラルの面倒を見るつもりなんだけどなぁ」
大袈裟に肩を竦めると、キリアさんとラルが可笑しそうに笑った。
ゆらゆらと見送ってくれる魔植物に手を振って、わたし達はギルドを後にした。あの魔植物には名前があるのかな。何だか可愛く見えなくもない……家にはやっぱり遠慮したいけど。
ボンネットをかぶった貴族らしい女の人が、侍女や護衛を引き連れて道を歩いている。その向こうからやって来るのは、虎の顔が全面に描かれたワンピースを来たおばちゃんだ。
うん、今日も異世界は平和だね。色んな世界の文化が入り交じって、最近では何だかそれも心地いい。だいぶこの世界にも慣れてきているのかもしれない。
青い空には薄く白月が浮かんでいる。ぽかぽかとした陽気の中を歩くのは気持ちがいい。いつもは一人だったから、余計に気持ちが上向いているのかもしれないけれど。
ラザフ平原までをラルと歩く。体力を心配していたけれど、何の問題もないようだった。楽しげに弾む声が嬉しくて、目的地まではあっという間だ。
「さて、オレは何を採ればいい?」
「今日は薬草と、毒草を採るよ。この辺り一帯は薬草ばかりだから適当に摘んじゃっても大丈夫。あとでわたしが仕分けるから」
「分かった。毒草も採るの?」
「麻酔薬になったり、毒消し薬になったりするんだよ。でも直接触ったら危ないから、これを使って」
わたしはマジックバッグから革手袋を取り出すと、一組をラルに手渡した。それを素直にはめたラルは、まず手近な草をひとつ採った。
「これも薬草?」
「そう。それはゴーシュ草だね。煎じると痛み止めになるんだって。あ、毒草だけ教えておこうかな」
地面に膝をついて、草を掻き分ける。棘のあるチクチクとした草を二種類摘むと、ラルに見えるよう手を伸ばした。
「これがベヌムとティリディリっていう毒草。直接触るとかぶれちゃうから気を付けてね」
色んな角度から二種類の毒草を観察したラルは、覚えたとばかりに大きく頷いた。
「分かった。木の実は採る?」
「木の実?」
マジックバッグから敷布を取り出したわたしは、それを地面に広げながら首を傾げた。今しがた採ったばかりの毒草を敷布の上に置く。ここで集めた薬草類を仕分けるのだ。
「食べられる木の実がなっているから。美味いよ」
少し離れた場所にある木を指差してラルが笑う。
え、木の実なんてわたしには見えないけれど……ラルの視力はどうなっているんだろう。でも美味しいなら食べてみたい。
返事をする前に、わたしの顔にはありありと『食べたい』と書いてあったようだ。ラルは笑いを堪えているけれど、肩が思いっきり揺れているぞ。
「あとで採ってきてあげる」
「……ありがと」
美味しいものの誘惑には勝てない。でもまずはお仕事に励みますか!
お喋りを楽しみながら、わたし達は薬草や毒草を摘んでいった。
遠くで鳥の歌が聞こえる。時折調子外れに音がずれるのもご愛敬。優しくて穏やかな時間だった。
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