14.破廉恥
「どうしてラルは裸だったの?」
正方形のダイニングテーブルに向かい合って食事をとる中、わたしは気になっていた事を口にした。コーヒーを口にしていたラルは、その問いに肩を跳ねさせて少し噎せてしまったようだ。
だって気になったんだもの。
ベッドの下に、昨夜ラルが来ていた寝巻きが落ちていたから、自分で脱いだのかと思って。
「夜中、暑かったのは覚えてるんだけど……それで脱いじゃったみたい。大切な服だから破れなくて良かったけど、驚かせちゃったねぇ」
「そんなに暑かったかなぁ。あ、それが体が変化するサインだったのかな。他に変わったところはないの? 痛いとか、辛いところはない?」
ほどよく温まって、外側がパリっとした白パンを小さく千切りながら問いかけると、ラルの表情が嬉しそうに綻んだ。
「やっぱりアヤオは優しいねぇ。特に変なところはないから大丈夫だよ」
真っ直ぐな感情表現は、体が大きくなっても変わらないらしい。まぁそれもそうなんだと思うけど。わたしはなんとなく恥ずかしくなって、千切ったパンを口に入れた。
「それならいいんだけど……これってやっぱり、奴隷紋から解放した結果?」
「そうかもしれない。でもオレ、捕まった時にはもう子どもの姿だったんだよね」
ナイフとフォークを使って、ベーコンを卵に絡ませたラルが首に角度を持たせた。思案するようにその視線が宙をさ迷い、そしてわたしへと戻ってくる。
「もしかしたら、火傷とか怪我をしていたから幼体だったのかも」
「森が焼けていたって言ってたよね」
「うん。それで怪我をしていて、力の消費を抑える為に体を小さくしていたのかもしれない。回復したらきっとこの体に戻るつもりが、その前に捕まって奴隷紋をつけられた」
「だから回復出来ないし、大人の姿にも戻れなかったんだね」
ベーコンを口に運びながらラルは頷いた。フォークを置くと、その手で首をなぞっている。そこに茨が無いことを確かめるように。
「でもこれで元通りって事なのかな」
「うん。まだ記憶は戻っていないけど……。ねぇ、アヤオは……オレが子どもの方がよかった?」
真剣な眼差しに、わたしもフォークをお皿の上に置いた。
「なんで?」
「子どもが好きみたいだし、さっきは凄く驚いていたから」
「いや、それは驚くよね。隣に裸の男の人が居たら、悲鳴のひとつもあげると思うよ」
その悲鳴が全く色気も可愛げもないものだったと自覚はしている。
「それはごめん。でもほら、おねショタって……」
悪戯に笑うシャーリーさんがウィンクをしている姿が思い浮かんだ。そういえばラルもその話を聞いていたんだっけ。
「そんな言葉覚えなくていいのに」
「おねショタって子どもが好きな人の事でしょ?」
「合ってるような違うような……ああもう、ほんとに誰だよ、この世界にそんな言葉を持ち込んだのは……」
わたしは顔を両手で覆うと盛大に溜息をついてから顔を上げた。眉を下げたラルが心配そうにわたしを見ている。
「わたしはおねショタじゃないし、ラルが子どもだから保護したわけじゃないよ。まぁ子どもだから、警戒しなかったってのは否定しないけど」
「じゃあオレ、このままの姿で居てもいいの?」
「いいよ。どんな姿でもラルはラルでしょ。そりゃちょっとはびっくりしたけど……それが元の姿なら、戻れてよかったって思うだけだよ」
「……ありがとう」
「え、まさか子どもじゃないと嫌だって言うと思ったの?」
ラルはなにも答えずに、コーヒーを飲みながら小さく笑った。
それが答えって事なんだろうけど。そんなに子どもが好きだと思われていたのかと、ちょっと溜息が出た。
食事の後、身支度をしっかりと済ませたわたしはラルと一緒に町へ出た。
ラルがいま着ている服以外にも色々揃えたいし、なんといってもベッドを買わなければならないからだ。
「オレ、床で寝るから買わなくてもいいんだけど……」
「体が痛くなっちゃうでしょ。ラルを床で寝かせて、わたしだけお布団なんて出来ないよ」
「でもまたお金使わせちゃうし……」
「そんなの気にしなくていいの。必要なものなんだからケチっちゃだめでしょ」
幸い、解放金を減額して貰えたおかげで少しだけど余裕はある。今日は買い物で終わりそうだからギルドに行くのは明日になりそうだけど、仕事さえすればお金は稼げるからそんなにも心配はしていない。
「ありがとう、アヤオ。オレ、仕事頑張るからね」
「うん、一緒に頑張ろうね」
体が大きくなっても、ラルのこういうところは変わらない。そんなところを見つける度に何だか嬉しいというか安心するのは、やっぱりまだ大人の姿に慣れていないからなのかもしれない。
わたしよりも背が高くなったラルを見上げながら、そんな事を思っていた。
というか本当に背が高いな。わたしも入学時検診で身長を計ったら一七〇センチあって大きい方だったんだけど、それよりも大きい。わたしの目線がラルの肩辺りだ。
「どうしたの?」
「背が大きかったんだなって。……あれ? ラル、火傷が薄くなってるというか……消えてる?」
わたしの言葉にラルが左側の目元に触れる。前髪で隠された肌にあった、赤くひきつるようなケロイドが無くなっている気がしたのだ。
「本当だ、薄くなってる。顔を洗った時にはまだあったんだけど……ゆっくり消えていくの
かもしれないねぇ」
長い前髪を避けながらラルが笑う。そんな左目の下に泣きぼくろがある事に気づいた。今までは火傷痕で見えなくなっていたんだ。きっと時間が掛からずに、火傷の痕は綺麗になるかもしれない。そう思って気持ちが弾んだ。
その日は買い物をしていたらお昼をとっくにすぎてしまった。
ベッドやカーテンを買ってラルの部屋を作っていたらあっという間に陽が暮れて。
夜に久し振りにひとりで眠る。すっかりとラルの温もりに慣れてしまっていたわたしは寂しくなってしまったけれど、さすがに大人の姿の彼と一緒に眠るわけにはいかない。
そんな事を考えていたら……大変な事に気付いてしまった。
わたしはラルに『一緒にお風呂に入ろう』と何度も誘っていた。
子どもだとばかり思っていたからなんだけど、ちょっと破廉恥過ぎないか。最初のお風呂なんて抱っこで運んで服を脱がせているし……え、待って。これはおねショタと言われても仕方がないのか?
疚しい気持ちは一切ないのに? ……自分の事が分からなくなって、わたしは考えるをやめた。出来ればラルが忘れていてくれますように。無駄な願いは夢の中でもわたしを笑うようだった。
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