9.後悔しない使い方

 いつものように賑わっているギルド。

 人の目を集めている掲示板横をすり抜けてカウンターに向かうと、今日も美人なキリアさんがにっこりと微笑んでくれた。


「あら、アヤオ。今日は……仕事じゃないのね?」


 わたしの格好を見て、キリアさんが首を傾げる。

 いつもの仕事着ではなく、わたしは膝下までのシャツワンピースを着ていたからだ。髪を高い場所でポニーテールにして、化粧もいつもより薄いかもしれない。


「少しの間はお休みするつもり。薬草とか大丈夫かな?」

「それは大丈夫だけど……昨日の子ども?」

「そうなの。もう少し元気になるまで、傍についていようと思って。それで……タパスさんはいる?」

「ええ、ちょっと待ってね」


 キリアさんは席を経って、裏の事務所に入っていく。それを見送ったわたしは手持ち無沙汰でカウンターから少し離れた。壁側に置かれた観葉植物を何となく眺めていると、ゆらゆらとその植物が動き始める。緑の葉っぱがだんだんと赤くなっていく――照れているらしい。

 この植物は魔植物の一種だ。空気を綺麗にしてくれるらしいし、ゆらゆら動く様子が可愛いんだけど……家に置くのはちょっと遠慮したい。


「アヤオ、昨日はご苦労だったな」

「タパスさん、こんにちは。いま少しお時間いいですか?」

「ああ、構わん。別室がいいか?」

「いえいえ、ここで大丈夫です」


 昨日の疲れなど微塵も感じさせない、サブマスターのタパスさん。カウンターに戻ったキリアさんの隣に立っていて、わたしもそこに近付いた。

 手にしていた紙をカウンターの上に置くと、二人がそれを覗き込む。


「ラル……昨日の子どもなんですけど、ジェラルドって名前なんですが、色々聞いてきました。でも記憶があまり無いみたいで……」

「ふむ……」


 タパスさんは紙の束を手にして、じっくりとそれを読んでくれた。報告書というにはお粗末なものだけど、いま分かる事がまとめてある。


「やはり亜人か。本人は種族を分かっているんだな?」

「はい。言いにくそうにしていたので、聞かなかったんですが」

「それも仕方ないな。手の内を全て晒すわけにもいかんだろうからな」

「森が火事になったって言っていたんですが……何か話を聞いていたりしませんかね」

「王国近辺で大規模な火事の話はないな。周辺諸国も当たってみるか」

「お願いします。それでラルの住んでいた場所が分かるかもしれないですし」


 ラルはもっと遠いところから連れて来られてしまったんだろうか。

 自分の境遇と重ねてしまいそうになって、それを飲み込んだ。


 わたしとタパスさん話を聞いていたキリアさんが、ぱんっと手を合わせた。高い音に意識が引き戻される。

 手を胸前で合わせたまま、キリアさんは見惚れるくらいに綺麗に笑った。


「その子、【命波クアン】の登録をしていないんでしょう? してきたらどうかしら」

「そうだな。アヤオ、その子どもが回復したら管理院に行ってくるといい。登録が出来るよう手続きをしておく」

「ありがとうございます。あ、それと……ラルを奴隷から揚げたいんですが、どんな手続きが必要ですかね?」


 【命波クアン】の登録をすれば、ラルもこの国で生きていきやすくなる。それでも奴隷の身分のままだと、色々不都合があるだろう。わたしはラルを引き揚げるつもりでいた。


 わたしの問いに、キリアさんは困ったように眉を下げる。その隣ではタパスさんも難しい顔をしていた。


「手続き自体は難しくないの。管理院で出来るんだけど……」

「金がかかる」


 言い淀むキリアさんの言葉を、タパスさんが繋いだ。


 お金。

 まぁそうなるだろうとは思っていたけれど……いくらくらいかかるんだろうか。わたしは何となく、首から下げたドッグタグを握りながら口を開いた。


「それって、どれくらい……」

「あの子は犯罪奴隷では無いし、恐らく三〇〇万アクシス程だろう。違法取引の被害者だとしてウチからも報告を上げるが、減額されても二○○万は掛かるだろうな」


 にひゃくまん。

 タパスさんもキリアさんも申し訳なさそうな顔をしている。この二人がそんな顔をする事はないんだけど、本当に優しい人達だな。

 わたしはドッグタグを首から外すと、それをキリアさんに渡した。


「キリアさん、いくらあるかな」

「ちょっと待ってね。……二五七万アクシスあるけれど、まさかアヤオ、あんた……」


 お金の話だからか、キリアさんが声を潜める。

 二五七万。それだけあれば奴隷から引き揚げてもお釣りがくる。


「良かった、足りる」

「待って、アヤオ。これはあんたが将来の為に貯金していたものでしょう?」

「そうだけど。中々いい使い道じゃない?」

「あんたがそこまでしてあげる義理もないでしょうに」

「うん。でも……放っとけないっていうかさ。ってことでタパスさん、回復師のお仕事があったらばんばん回して下さいな」


 顔の前で手を合わせて、おどけた風にタパスさんを拝んで見せる。タパスさんは盛大な溜息をついてから、カウンター越しにわたしの頭に手を乗せた。


「お人好しも程々にしないと、いつか痛い目をみるぞ」

「そうなったら慰めて下さいね」


 優しく撫でてくれる温もりが嬉しくて、目を細めた。

 キリアさんは未だ納得がいかないようで、心配そうに顔をしかめている。美人はそんな顔をしていても美人だから羨ましい。


「キリアさん、そんな顔しないで。ラルが元気になったら、お仕事を手伝って貰うつもりだもの。このくらい、またすぐに稼いじゃうよ」

「何かあったらすぐに言いなさいよね」

「分かってる。いつもありがとう」


 二人がわたしを心配してくれている。

 不謹慎だけど、それが嬉しいのも本当で。


 ラルの【命波クアン】登録と、奴隷解放の手続きをお願いしたわたしは足取りも軽くギルドを後にした。出る間際に振り返ると魔植物が手(?)を振って見送ってくれていた。

 急いで帰らないとラルがもう起きているかもしれない。

 これから先の見通しも経ったし、わたしはどことなく気持ちが上向くのを感じながらアパートまでの道を急いだのだった。

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