10.今日のご飯はハンバーグ

 ラルを保護して十日が経った。

 驚異的な回復力は亜人ならではのものなのか、すっかり元気になっている。三食とおやつを食べられるだけの体力もついて、肉付きも良くなった。魘される事もなくよく眠れているし、なんと声まで戻ったのだ。

 火傷痕はまだ消えないけれど、いつか綺麗になればいいなと思っている。


「アヤオ、焦げるよ」

「ん? わーっ! 待って待って!」


 ぼんやりと考え事をしていたら、ラルに声を掛けられた。どうかしたかと手元に目を向けると、そこには焦げ始めたハンバーグの姿が。

 慌ててひっくり返して、うん……まぁ大丈夫でしょう。


 わたしの手元を見ていたラルが可笑しそうに肩を揺らす。


「ぼーっとしてた。疲れてる?」

「ううん、そんな事はないんだけど。ラルが元気になって嬉しいなって思ってた」


 わたしの言葉に目を瞬いたラルは、すぐその表情を綻ばせる。紫と青が混ざった青藍せいらんの瞳がきらきらしていてとても綺麗。


「全部アヤオのおかげだねぇ。オレを助けてくれてありがとう」

「ふふ、どういたしまして」


 ラルはわたしの隣で、ボウルを抱えるようにしてじゃがいもを潰している。千切りにんじんと、みじん切りの玉ねぎを混ぜて、わたしお手製マヨネーズを加えて更に混ぜてもらう。

 ポテトサラダの出来上がり。


 それからこの世界では一般的なトマトスープを添える。ミネストローネと似ているけれど、何かが違う味わい深いスープ。今日のスープはお野菜がたっぷり。これは大家さんからの頂き物だ。

 お鍋で炊いたご飯を、ラルがお皿に盛り付けてくれる。その隣に焼き上がったハンバーグ、上には先に作っておいた目玉焼き。盛り付けの終わったお皿をラルがテーブルに運んでくれて、わたしはポテトサラダとスープを持っていく。

 ダイニングテーブルには既にカトラリーとお茶が用意されてあった。


「ラル、ありがとう。本当に手際が良くなっちゃって」

「これくらい、いくらでもやるよ。アヤオにはもっとオレを頼って欲しいし」


 なにそれかわいい。

 少し恥ずかしいのか、赤髪から覗く耳が染まっているのもかわいい。


「さぁ食べよう。お腹空いた」

「そうね。いただきます」


 手を合わせていただきます。同じようにラルも手を合わせている。わたしの真似をして始めたけれど、すっかり慣れているようだ。

 お箸を持ったわたしは早速ハンバーグを一口。うん、ちょっと香ばしいけれどこれはこれでいいでしょう。今日も美味しく出来ました。


「美味しい。アヤオの作るご飯はどれも美味しいけど、ハンバーグが一番好きだな」

「そんな事言ったら、明日から毎日ハンバーグになるよ」

「それはもうご褒美だねぇ」


 ラルもお箸を使っている。フォークでいいよと言っているのだけど、同じものがいいと練習をしていた彼は、この数日で綺麗に使えるようになっている。まだ小さいものを掴むのは苦手なようだけれど。


 軽口を交わしながらの食事はとても楽しい。

 キリアさん達と食事に行く事もあったけれど、殆どがひとりでテーブルに向かう日々だった。やっぱりわたしは寂しかったようだ。

 自分の為だけに作る料理よりも、ラルと自分の為に作る料理は美味しく感じる。一緒にキッチンに立つのも楽しくて、前よりもきっと笑っている。

 心の中で、ラルにありがとうと告げた。直接はまだ、言えない気がして。



 食事を終えるとラルがコーヒーを淹れてくれた。子どもには苦いんじゃないかと思っていたけれど、大人味覚なのか平気な顔をして飲んでいる。軽く教えただけなのに、色々工夫をしながら淹れてくれるコーヒーはとても美味しい。


「明日、管理院に行くからラルも来てね」

「かんりいん」

「そう。その名前の通り、色んな事の管理をしている場所なんだけど……そこで、ラルの【命波クアン】を登録して来ようと思って。いいかな」

「その【命波クアン】って何?」

「ううん、と……命の波動の事で、人によって全く違うから個人の認証に使われているの。それを王国に登録することで、色々な事が出来るようになるんだけど……これじゃよく分かんないよね」

「大丈夫。それを登録したら、アヤオみたいに冒険者にもなれる?」

「うん、なれるよ。他にもお店を出したりとか、働くには必要なんだよね」


 ラルの口元がカップの向こうで笑み綻んだ。大きく頷いたラルはカップをテーブルに置くと、テーブルに身を乗り出してくる。どことなく嬉しそうなその姿に、わたしまで気持ちが上がるようだ。


「登録する! オレ、アヤオと一緒に働きたい」

「わたしは魔物討伐とか見映えのする仕事はしてないんだけど……」

「採集でしょ? オレもやる。アヤオの役に立ちたい」

「役に立つとかそういうのは気にしなくてもいいのに。でもラルが一緒にやってくれるなら、わたしも嬉しい」


 ひとりが寂しくないわけじゃない。

 誘ってくれている『クオーツ』に入らないのは、自分に自信がないから。でも採集メインのパーティーなんて誰も組んでくれないから、ひとりでいるしかなかっただけで。

 だからラルが一緒に働くと言ってくれて、わたしは凄く嬉しかったのだ。


 まだわたしと一緒に居てくれるのだと。

 でもそれを口にする勇気はない。いつかはまたひとりになるのなら、わたしの願いだけでラルを縛るわけにはいかないから。


 

 後片付けをして、お風呂に入って、就寝の準備をする。

 お風呂に一緒に入ろうと誘っても、いつも断られている。別にやましい気持ちは微塵もないのに、シャーリーさんの『おねショタ』発言が頭をよぎるのはどうしてだろう。

 ひとりでは広かったベッドに、いまではふたり並んで寝ている。でもラルがまだわたしと一緒に暮らしてくれるなら、隣の部屋を片付けてラルの部屋にしようと思う。


 先に眠ったラルの髪をそっと撫でる。首に浮かぶ茨の痣――奴隷の印を明日は取ってあげられる。

 それが嬉しくて気持ちが浮き立つのを感じながら、わたしも目を閉じた。


 自分以外の温もりと寝息に、眠りへと誘われるのはあっという間だった。

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