第38話 魔女の眷属

 学院側が魔女に与えた魔法がある。

 ――人間を『眷属』にする魔法だ。


 落ちこぼれとは言え、最底辺の中にも有利不利などの順列が存在している。

 そういう壁をどう乗り越えるかが成長への足がかりにもなるのだが、あまりにも実力差がかけ離れてしまうと覆せない勝負になってしまう。


 ゆえに魔女同士の戦力ではなく、人間を投じることで差を縮まらせようとした。


 人の見る目が重要になってくるし、魔女自身が持つカリスマ性が影響する。

 たとえ魔女本来の実力がなくとも、眷属を利用することで上位へ食い込むことが可能なのだ。


 人間は特別な力(魔法)を与えられる。

 ただ、その代わりに己の自由を魔女に奪われる形になる。

 洗脳とまでは言えないが、魔女が命じればどんな命令でも従わなくてはならない。


 そうして、魔女の奴隷が完成する……。



「私を最初に誘った時、どうして眷属にしなかったのだ?」

「……眷属にするほど、きみを信用していなかったからだ」


「眷属にすれば、奴隷のように命令を聞かせることができる。ディンゴがもしかしたらアリス姫様の眷属なのではないか? と危惧したのは君だ……、

 その時に眷属のことも私に教えてくれただろう……」


「……だからなんだ。内情を教えたからってきみを特別に思ったことは一度もない。勘違いするなよ、ぼくにとっては誰もが等しく信用できない敵なんだッ!」


「信用できないなら尚更、君にとって大事な局面で仲間を加えるなら眷属にするべきだった」


 クロコが言う。

 眷属とは、そういうためのものなのではないか――と。


 眷属は魔女を守る壁であり、入れ替えも、補充も自由……つまり使い捨てだ。


 信頼の上で魔法を与える側面もあれば、信頼関係を築くという行程を経ずに手軽に仲間を加えられる側面もある。


 フルッフは、その両方の特性を無視していた。

 前者は仕方ないにしても、後者を切り捨てる理由はないはずだ。


 裏切りが恐ろしくても、それをさせないのが眷属システムである。


「どうして、君は眷属を作らない……?」


 もちろん、信条やら好みがあり、クロコが単純にフルッフのお眼鏡に適わなかった、だけの話かもしれない。

 だが、彼はずっと、感じていたのだ。



「君は――眷属に頼らない、仲間が欲しかったのではないか?」



 同じ過ちは繰り返さない。

 ……そう決めたはずだったのに。


 気付けば手を伸ばしていた。

 口ではいくら強がって突き放そうとも、頼っていた。


 そこにいてくれることで、救われていた。

 ……一人でいるのは、寂しかった。

 隣に空いた空間に、いつも誰かを幻視してしまう。


 心のどこかで彼女を探してしまう自分がいた。

 彼女の代わりを探している自分を押し殺していた。

 でも、待っていたのかもしれない。


 強制力のある命令ではなく、誰かが、ぼくのために、傍にいてくれたなら――。


 心を許しても、いいのなら……。



「私は――騎士クロコ」

 と、彼がフルッフの目の前で跪いた。


 フルッフの手を取り、体温を感じさせるようにぎゅっと握り締めた。


「生きる目的を失っていた私に、君は目的を与えてくれた。空っぽになった心に君がいてくれた。一人だった私に手を差し伸べてくれたのは、君だ……だけど、ただそれだけのために、君について行こうとは思わない」


 所詮は代替物だ。

 見てくれているようで、実際は見ていない。

 代替物の背後に映る、本物を見ているに過ぎない。


「やっぱり、ね……」


 そんなフルッフの呟きを遮るように、


「だけど!! 俺が守りたいから、君の傍にいたいと思うのは、ダメなのか!?」

「え……」


「手を差し伸べてくれた恩とかは関係ない、与えて返すなんていう関係性じゃなく――人を信用できずに寂しがって、それでも仲間が欲しいと板挟みの間で苦しんでいる一人の女の子を守りたいと思う俺の気持ちは、間違っているのかッッ!?」


 クロコが立ち上がる。

 その身長差を初めて実感したのか、フルッフが後じさった。


 彼女の握られていた手が、ぐっと引っ張られる。

 彼の大きな体に、フルッフが包まれた。


 ……心が安心した時点で、フルッフの負けだった。


「俺は絶対に裏切らない。――騎士として、あなただけに忠誠を誓う。逃げると思うなら足を斬り落とそう、別の誰かと手を組む心配があるなら腕を斬り落とそう。あなただけを見るなら眼球は二つもいらない、一つを潰してしまおう……。私の命は、あなただけのものだ」


 まだ戸惑うフルッフを信用させたのは、クロコのこの一言がとどめだった。


「――あなたを、竜なんかに捕食させたりはしないッッ! 

 俺の手から、奪わせてたまるものかァ!!」


 強く抱きしめられ、

 自然と、フルッフの手が彼の背中に回された。


 実体を確かめるように、手の平で存在を実感する。


 ……きっと、彼はぼくが裏切っても怒ったりはしないだろう。

 それがぼくの選択なのであれば、笑って許してくれるはず。

 いや、怒るとか許すとかそんな次元じゃない。

 ぼくを想い、肯定し、否定してくれる。


 ぼくのために……ぼくだけを見てくれている……。


 彼は、絶対に裏切ったりはしないだろう。



 …………本当に?



 もしも、彼の背後に鋭利に成長した大樹の枝が迫っていれば、フルッフのことなど投げ捨てるはず。

 ――なのに。

 尖った枝はクロコを貫く寸前で動きを止めた。


 彼は決して逃げないと、分かったからだ。


「……逃げなよ、見捨てなよ。

 そんな風に大事にされたら、ぼくは君を信頼したいと思っちゃうじゃないかぁ!!」


「それでいい」


 知らず内に流れていた涙が、クロコの大きな手によって拭われていた。


「俺はあなたになにも求めない……でも、欲しいものは確かにある。もちろん強制はしないしあなたがあげられると思った時点で私にくれればいい……、信頼だ」


 それ以外は、なにも望まない。


「俺はディンゴとは違う。尽くすだけで愛もいらないと言えるほど徹底してはいない。

 欲しいさ……信頼が、愛が――君が」


「……信じて、いいの?」


「ああ! 俺にとって、あなたはたった一人の、お姫様だ!」

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