第37話 復讐の旅路
合流は比較的早い段階で果たせただろう……、
二ヶ月、この間にも二名の魔女が犠牲になっていた。
互いの居場所が分かったのは派手な痕跡をあえて残していたからだ。
アルアミカは彼女らしく、壊滅寸前だった国を救って他の国と関係を築き上げていたりと、とても発見しやすい方法を選んでいた。
……これが性格の差か。
フルッフは知識を普及させたりと人々の生活に変化をもたらしていた。
彼女も彼女で、技術をまとめた本を出版させたりしてアルアミカにメッセージを送っていた。
もっと大胆に連絡を取れば良かったのかもしれないが、それをしたら伝えたい相手以外にも伝わってしまう。
だから大き過ぎず小さ過ぎず、具体的な居場所は伏せながら合流を目指すしかなかった。
待ち合わせなんて決められない。
他の魔女に嗅ぎ付けられ、待ち伏せされたり、罠を張られていたりしたらみすみす危険に飛び込むようなものだからだ。
徹底して隠したおかげで、二人の合流はとある国でたまたますれ違う、という運命的な再会の仕方だった。
人通りの多い道で、少女が二人、抱きしめ合う光景に周囲の人々が不思議そうに見つめながらも、人の流れが早く興味が遠ざかるのも早かった。
人に紛れ、埋もれてしまえば外から見られていても見失いやすいだろう。
ここで出会えたのは幸運と言えた。
……彼女たちと同様、この場で初めて二人を発見した者であれば、見失ってしまっても仕方がないかもしれない――だが、
元々、誰かを追っていて、ずっと監視し続けた者からすれば、人に紛れようが関係なく彼女の姿を把握し続ける。
「強くなったと勘違いしてるかもしれないけど、それはあんたの成長じゃない。
アルアミカがあんたを保護してるだけだ。
結局、味方がいなくなればあんたはじめじめとした日陰者に逆戻りだ」
高台から人の波を見下ろす魔女が一人。
現時点で、彼女は最下位であるのだが……そうとは思えない余裕を見せている。
「……逃がさない」
異常気象と呼ばれる天災に見舞われた日だった。
雷雨に打たれ、視界も悪い中、フルッフとアルアミカは逃げ場を失っていた。
魔女セーラと彼女に魔法を授けられた五人の人間……『眷属』に囲まれている。
目を開けているのも苦労する雨に押されながらも、アルアミカが前に出た。
「アタシが気を引くから、その間に逃げて……ッ!」
「でも、アルアミカを一人、置いていけないよ!」
「いいからッ! フルッフが争いを苦手にしてることは分かってる……だって敵でも情けをかけちゃうくらい優しいんだよ!?」
「それを言ったら、アルアミカだって!!」
「アタシは敵には容赦しないよ。争うのは仕方ない理由があったり、譲れない想いがあったりしたら躊躇うとは思うけど……少なくともセーラにそれはない。感じられなかった――順位を奪う以外に、ただフルッフを学院からの延長線上で嫌がらせをしたいだけに見える……ッ!
そんな相手の前に、フルッフを出したくなんてないの!!」
「でも……でも!」
せっかく再会できたのにまた別れるなんて、そんなの……絶対に嫌だった。
「……覚えてるでしょ? アタシたちの連絡手段」
こういう場合の時を考えて日頃から誰にもばれないような連絡の取り方を試行錯誤して作り上げていた。
たとえば棚の本の位置、向き、しおりを挟んだページの一行目、頭文字など、二人にしか分からない暗号を用いることで連絡を取る方法だ。
「……うん」
「合流場所を必ず伝える。だから、待ってて……っ!」
アルアミカに背を向け、フルッフは宿に戻り、毛布にくるまってひたすら待っていた。
一夜明け、雷雨も収まった頃……気付けばフルッフは眠ってしまっていたらしい。
すぐに確認したが、アルアミカは帰ってきていない。
まず、宿を出て向かったのは噴水広場である。
場所は三カ所あり、アルアミカと決めた暗号が隠されている場所は、目の前に時計がある広場の噴水だ。
噴水は決まった時間に数分だけ水が噴き出す仕組みだ。
時間に間に合わないかもと、走って向かったフルッフは、ちょうど水が噴き出すタイミングで辿り着けた。
しかし不具合なのか、十二ある吹き出し口の内、三つから水が出ていない。
それこそが暗号の一部。
「……夜の、九時に……」
噴水広場の周辺にいた、似顔絵を描いてくれる画家の周りにはこれまで描いた絵が飾られており、その一枚に、アルアミカの似顔絵があった。
……この場で描いてもらったのであれば、背景は噴水であるはずなのに……。
指定しなければ、そんな色使いはしないだろう。
「……近くの、丘の上……」
町から少しはずれた場所にある、レンガ造りの町並みとは雰囲気ががらりと変わる落ち着いた緑の景色。
アルアミカからの、待ち合わせのメッセージを無事、受け取った。
時刻は夜の九時、フルッフが丘へ辿り着く。
「よお」
――魔女、セーラが待っていた。
「……え、なんっ、で……ッ!?!?」
本来ならアルアミカがいるはずだ。
いなければいけないはずなのに――なぜ。
どうして!?
「――アルアミカに、なにをしたの!?」
「あたしがあいつになにかすることを前提に話をするのはやめてくれないか。不愉快だ。……それよりも、あんたはおかしいとは思わないのか? あんたたち二人だけが知っている暗号を辿って、どうしてあたしがいるのかって」
……確かに、もしもアルアミカをどうにかしたところで、暗号の先にセーラがいるわけがない。
暗号の仕組みを知っているのは、アルアミカとフルッフだけなのだから。
片方が口を割らなければ知りようがない。
……口を、割らなければ?
………………………………え?
「う、そ……」
「人ってのはどれだけ大切にしていても、いざ自分の命が惜しくなれば簡単に捨てられるらしいね。あたしは今、最下位にいる。つまりあたしがあんたらの順位を奪えば入れ替わり、あんたらが最下位へ転落する。そして期日は今日だ。残り三時間もないな……もう分かったんじゃないの? あたしがなぜここにいるのか――場所が分かったのか。簡単な話、教えてくれたんだ。そして、あたしの前にあんたを誘き出すように整えてくれた」
違う、違う……そんなの、なにかの間違いだッ!!
「今頃一仕事終えたあいつは命の危険がない場所で知らんぷりをして明日を楽しみにしているだろうさ。あんたという犠牲の上で、あいつは今日、死ななくて済む――」
フルッフの足が崩れ、瞳の焦点が合っていない……放心状態だ。
「仲間なんて作るからこうなるんだ。簡単に信用するから、裏切られた時に全てを失ったような顔をするんだ……。あんたは、アルアミカに売られたんだよ」
「……言わなく、て、いい――」
「いいや言うね、あんたは裏切られたんだ」
「言わないでって言ってるでしょッッ!!」
「絶望して死ぬなら順位を奪われた上でなにもしなければいい……竜があんたを捕食しにやってくる。だけど、復讐心を糧にして立ち上がるなら……、かかってこい、アルアミカに頼らないであんただけの力で、立ち向かってきなさいよッッ!!」
魔女セーラがフルッフの胸倉を掴んで立ち上がらせた。
「一度くらい、あたしに殴りかかるくらいの闘争心を見せろッ!
いつまでもうじうじしてんじゃねえッ!!」
――ずずっ、という、体内からなにかを抜き取られた感覚に襲われた。
魔女セーラが自身の体を見下ろせば、真っ黒に染められた剣が刺さっていた。
ぐるん、と眼球が上を向き、意識が持っていかれそうになったが、なんとか耐える。
「……そ、れが、あんたのまほ、う、なの、ね……」
「――きみにも、罪悪感があったなんて、意外だったよ」
膝を着いた後、体内から腸をこぼしながら倒れる彼女の息は、恐らく明日までは持たないだろうが、竜が捕食にくる時間まではなんとか持つだろう。
彼女が自分の意思で死を選ばなければ、だ。
「そんな逃げはさせない。ぼくに立ち向かえと言った以上、自殺なんてつまらない真似はさせないさ。きみが妙な動きを見せれば止める。元々生命力は多いだろう? 黙って横になっていれば、三時間、意識を落とさないことはできるはずだ」
「……なに、よ、ちゃんと、敵意、向けられる、じゃないの……っ」
「もう誰も信じない。ぼくはぼくだけの力で目の前の障害を壊していく。手始めにきみだ。今更昔のことを掘り返す気はないけど、一度、復讐を果たしておこうと思ってね」
これは練習であり、本命は別にいる。
魔女セーラを始末した後は、人の心を利用し、裏切った――アルアミカだ。
「――あいつだけは絶対に……っ、許さないッッ!!」
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