第36話 ――開戦
「どうして……」
「見てたから……。それでも、気付くのに遅れて、ごめんね」
「なんで……」
手を差し伸べてくれるのだろう?
何度も話しかけてくれているのに、まともに返せず、微妙な空気にして、気まずくて目を逸らし、教室から逃げ出してしまう自分を――。
「ちゃんと、見てたから。みんなが誤解してるフルッフの人柄と本物は全然違うって分かったから。やっぱり人が嫌いなわけじゃなかったんだよね。フルッフだって輪に混ざりたかったんだよね……。本当は助けてほしいって、叫びたかったんだよね?」
フルッフが本を読みながら周りを観察していたように、クラスの個々の中身を把握できてしまうように――彼女は失念していた。
鏡の反射を利用して覗くように、見ている内は向こうからも見られているのだ。
心の中を、アルアミカに見られていた。
「…………友達が欲しかったの」
「うん、知ってる」
「でも、厄介な奴だって、思われたくなかった……嫌がらせを受けてるって言ったら、わたしよりもセーラさんの方が、信用されるって、分かってたから……責められたくなかった……対立なんてしたくなかった……!」
「うん」
「苦しかったんだよぉ……! 助けて欲しかったんだよぉ……っ」
「遅くなってごめんね」
「すぐに嫌がらせを受ける、こんな厄介者のことなんか放っておけば良かったのに……」
「思ってもないくせにそんなこと言わないでよ」
「…………友達が、欲しかったの」
「うん、だから知ってるよ。……あのね、さすがにそれは言わなくちゃ。自分で。それとも恐いの? 失敗なんてするわけがないのに。
成功するって、分かっていても、口に出して言うのがそんなに嫌?」
「…………」
「甘えてもいいけど、アタシたちは上下関係を築きたいわけじゃない。対等なんだから」
「……友達に」
「うん」
「――わたしと、友達に! ……なって、くれる……?」
頬を赤く染めながら、意を決して言ったフルッフと。
それを受け、笑顔で迎えるアルアミカ。
「うん! 喜んで!」
扉を隔てた向こう側。
「ちっ」
と、舌打ちをした魔女が一人、静かに教室から離れていく。
魔女セーラの嫌がらせがぱったりと止んだ。
アルアミカが彼女に言ってくれたのかもしれないが……事実は分からない。
だけど実際に、嫌がらせはなくなった。
それ以来、アルアミカとの交友が進み、彼女を通してフルッフは、クラスの中にこれまでとは違う形で、馴染めるようになった。
友達が増えた。
輪の中に、混ざることができた。
……どれも、アルアミカのおかげだ。
そして。
フルッフにとって、最も幸せを感じていた日々が壊れる時がやってくる。
……残されている魔女は、問題を抱えた落ちこぼれクラスのみ。
気付けば、知らぬ間に学院の魔女たちは、順々に捕食されていた。
「…………え」
通達されたのは、三十名に及ぶ、魔女たちによる順位を奪い合う戦い。
捕食されるというルールがある以上、たとえ殺害を禁止されていようとも、根っこのところでは同じだ。
……友達同士の、殺し合い。
「出現場所は全員が均等にばらけるようにしてある。
目を覚ました時点で開始だ……捕食されたくなければ生き残ることだな」
学院側が魔女たちを順番に竜の世界へ送り込んでいく。
一人、一人と目の前から消えていく様を見て、フルッフの体が震え始めた。
やがて列が短くなり、遂に、フルッフの順番が回ってくる。
「…………っ」
すると、とんとんっ、と肩を叩かれ、振り向くと、そこにはアルアミカが。
いつもと変わらない様子に、ついつい聞いてしまった。
「……恐く、ないの……?」
そんなわけがなかった。
彼女のぎこちない笑みを見れば、なんとも思っていないはずがないとすぐに分かるものなのに……。
「恐いよ。一人で放り出されたなら、ね」
だが、同時に三十名が竜の世界へ送られる。
生き残るために他者を蹴落とせと言われたが、あくまでも学院側の言い分であって、生き残る方法がそれ一つとは限らない。
争う者の方が多いとしても、少数派は必ずいるはずだ。
……協力し合う、仲間を欲する者が。
「向こうの世界で絶対に合流しよう。二人でいれば、きっと恐くない」
「っ! うん! 絶対に、見つけるから……ッ!」
二人は約束を交わし、それぞれまったく別の場所へ、空間を跨いだ。
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