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第34話 魔女フルッフの警戒

 ざわざわと群衆が疑念を持ち始める。


 アリス姫とディンゴがまさに今、処刑される寸前だった犯人を助けたことによって、それが彼らの裏切りではなく、間違っていたのは、もしかして自分たちの方なのではないか……、

 と人々が思い始めたのだ。


 全てを指揮していたのはフルッフだ。

 これまで共に国で生活してきた二人と、昨日今日知り合ったばかりの魔女のどちらを信じるかと言われたら、前者だろう……。

 言わずとも気づき始めている。

 ……いいように手の平の上で転がされていたのだと。


「……どういうことだ、国王様と王女様を殺したのは、一体どっちなんだ!?」

「――ぼくだよ」


 と、フルッフは意外にも、あっさりと認めた。

 いくらでも隠し通せる手段はありそうなものだが……、なにより証拠がない。


 魔法はなんでもできる、その発言の通りに、魔法において高いプライドを持っているわけでもないのに、だ。


「ぼくが殺した。あの子の目の前で胸と頭を貫いた。逃げるあの子の背中を切り裂いた。変化の魔法を使って、アルアミカに罪を擦り付ける形でね」


 フルッフが群衆の方を振り向き、


「――二人の後を追いたい奴は前に出るんだね、ぼくが同じように殺してあげるよ」


 騙されていた……その真犯人が確実なものとして露見したことで、怒りが頂点に達した群衆だったが……、

 フルッフによる魔法が周囲の植物を急成長させ、鋭利な凶器と化したことで、頭に上った血もぞっと青ざめた表情によって一気に引き、取り戻した冷静さが危機感を見つけてくれたようだ。


 誰かが武器を落とした。

 それをきっかけにして、敵に背を向け群衆が逃げ出す。

 人の波が植物を飲み込むような勢いで、この場から遠ざかっていく。


「……それで? きみたちはいつになったら逃げるつもりだい?」


 クロコとエナは、フルッフの隣に立ったままだった。


「今の脅し、繋ぎ止めることもできたのに、わざと味方を失わせたようにも見えたが……」


「疑念を持たれた時点でおしまいだよ。天秤に乗せられた時点で信頼の度合いで向こうに勝てるわけがない。無理に繋ぎ止めたところで、今でなくとも、決着がつく前に必ず向こう側へつくはずだ。なくなると分かっている戦力を維持していたところで徒労になる」


 なによりも。


「背中から刺されたらたまったものじゃない」


 フルッフが鋭い目つきで見たのは、エナだ。

 クロコの方はまだ分かる。

 フルッフの傍にいた群衆の筆頭だ。

 だが、エナがこの場に残っているのは理由が分からない。


 彼女が危惧した通り、背中から刺すためだと言われれば、納得できる。


「無償の信頼を信じないんでしょ? だったら、取引をしない?」

「…………、内容次第だ」


 その後、二人の間に交わされた契約は、滞りなく結ばれた。


「――はははっ、くだらない、とは言えないよね。きみにとってそれはなによりも大事なことなんだから。たとえ殺人者と契約をしてでも叶えたい望み。いいね、きみみたいな奴が一番分かりやすく、信用できる」


「それはどうも」

「問題はきみだよ」


 視線をずらして、クロコを見つめた。


「きみだけは分からない。なぜ、ぼくに執着する」


 利用していた群衆の一人だ。

 たまたま、一番最初だっただけで、関係性に深さはない。


 なのに。


「ぼくは関係のない者を犠牲にし、騙し、利用し、必要がなくなれば簡単に捨てる外道だ。追ってきたところできみなんかいつでも犠牲にできる。愛情なんか注がない、助けたりもしない……面倒だって見てやらない、ろくに説明だってしない。……ぼくと一緒にいたってきみは損しかしないはずだ。なのにどうして、きみはぼくを守ろうとしてくれる!?」


「それは……」


「言えないだろう、どうせなにもないからだ。結局、ぼくはきみの中にあった唯一の目的の代替物でしかないからだ。きみの空っぽに開いた心の中に勝手にぼくをはめ込むんじゃない!」


 ――うんざりなんだ。


「もうぼくに、誰も優しくするんじゃないッッ!!」


 ――でも。

 そもそも友達が欲しいと願ったのは、誰だったっけ?



 魔女学院のクラスは年齢ではなく成績によって決まる。


 一定以上の成績に到達しなければ進級することはできず、様々な年齢の魔女たちが一堂に会することになる。


 成績が向上しなかったフルッフは進級する機会を何度も逃し、年齢だけを重ねて同じクラスにいた。

 落ちこぼれクラスは他のクラスよりも入れ替わりが静かなので面子はある程度固まっている。

 今年もほとんどが去年と同じ顔ばかりだ。


 長くいればいるほど仲間意識が強くなるのだが、フルッフは未だに馴染めていない。

 それもそうだろう、教室にいても自分で決めて座る隅の席で黙々と読書をしているだけなのだから。


 話しかけたいのだが勇気が出ずに、こうして本の世界へ逃げ込んでいる……ように見せているだけで、話しかけるタイミングを伺いながら周りの様子を観察している。


 誰と誰が仲が良くて、どんなことが好きなのか。

 みんなの得意魔法は……など、喋ったこともない相手のプロフィールをなぜか網羅してしまっている。


 今まで黙っていたのに急に喋り出したら驚かれる、気持ち悪がられる……、

 被害妄想が発展し過ぎて、彼女は勝手に喋れなくなってしまっていた。


 すると、見慣れない魔女が教室に入ってきた。

 影は薄いがクラスの内情に詳しい彼女に見落としはない。

 ……ならば、成績が振るわなかった魔女だろう。

 上のクラスから堕ちてきたのだろうか……、横のクラスから流れてきたのだろうか。


 彼女が在籍するクラスは落ちこぼれの中の落ちこぼれ……問題ありのクラスだ。

 横流しされた末がこのクラスであり、ここよりも下はない。


 新入りの魔女は、二名。

 見るからに不満を抱え、苛立った様子の魔女と、正反対にクラスの面子を見て胸を踊らせるようなわくわくの笑顔を隠さない魔女だった。


 それがセーラと、アルアミカ。

 ――フルッフが二人を見た初めての日だった。

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