第33話 初めての仲間
刃の真下にある固定台に頭が入った。
微調整を繰り返し、正確な位置が決まったようだ。
刃を吊すロープを切れば、窪みを滑り落ちてアルアミカの首を綺麗に落とすだろう。
「クロコ」
「はい?」
「……いや、なんでもない。自分で向かう」
群衆の隙間を縫って歩き、大回りをしてディンゴとアリス姫の元へ向かう。
アルアミカの首が落とされた瞬間に、アリス姫の順位を奪う――。
日が落ちかけてきた今、残り時間は六時間と少しほどだろうか……、
気を抜くとしたらこの場面だ。
この大事な場面で、眷属でもないクロコを使うのは心配だ。
彼女は誰も、信用していない。
もう二度と裏切られたくない。
だから、誰も信用してやるものか――。
「一つ、聞いてもいいか?」
背後から気配を消して忍び寄ったにもかかわらず、ディンゴがフルッフに気付いた。
驚いたものの、このタイミングでこの場に現れることは、なにもおかしくはない。
「……なんだい?」
「まさか本当にいるとは思わなかった……想定通りに背後からくるんだな、君は」
「雑談はいい。もう一度言う。――なんだい?」
「分からないことがあった、だから、確認の意味も込めて聞きたい」
蘇生魔法について、と言う。
フルッフは安堵の息を吐く。
アルアミカを殺した後、魔女の権利をアリス姫から再び移譲させるための段取りを知りたいのだと思ったからだ。
「それで、なにが分からないんだい?」
「姫様の時は、外傷が少なく、五体満足で蘇生させられた。だからその時は思いもしなかったんだが……今回の場合はどうだ?
あいつの首を刎ねた場合、蘇生をしたら首が綺麗に繋がるのか?」
「それは……そうだろう。ぼくだって詳しくは分からない。
だが、蘇生魔法。魔法だ。できないことはなにもない」
「魔法にできないことはない、か……」
「ないね。なんでもできてしまう。疑うのは勝手だがあまり魔法を軽視しないことだね」
「そうか、つまり、君があいつに『化ける』ことも、実際にしたかどうかはともかく、不可能ではないんだな?」
…………………………。
呼吸が止まる。
だが一瞬のことで、冷静さを取り戻し、フルッフが二の句を継ごうとした時だ。
じっ…………、とこちらを見ている、アリス姫に気付いた。
「……………………」
僅かだが、動揺を――見抜かれた!?
「ディンゴ」
「なんですか、姫様」
「アルアミカを助けて」
敵意、殺意の視線を浴びながら。
裏切り者と呼ばれながら。
たった一人、孤独に死んでいく。
痛めつけられた体は痛覚が麻痺してしまったようになにも感じない。
限界なのだと、警鐘を鳴らしているのだろう。
……見られているなら仕方ない。
あの子がアタシを犯人だと断定するなら、誤解なんて解けない。
もしかしたら誤解なんかじゃないのかもしれない。
あの子と同じように。
殺してしまった罪悪感に押し潰されて、記憶が飛んだという可能性もある。
自分のことが信用できなかった。
「……せめて、フルッフと、仲直りだけはしたかったなぁ……」
叶わない願いだ。
もう、自分に味方なんていない。
そして。
嬉しそうにカウントダウンを始める群衆が見えた。
ある意味、笑顔で送られていると見ることもできる。
そう思えば、幸せな死に方なのかもしれない。
自然と表情が穏やかになったのは、認めたからだ。
諦められたから。
――指を折り、減っていく数字を見続けていき、群衆の最後の指が、折れたその時。
ロープが切られ、巨大な刃が落ちてくる。
空気を切り裂き近づいてくる気配を感じ取り、
ぎゅっと目を瞑った、覚悟を決めたはずのアルアミカから漏れた声。
押し殺した彼女の本音だった。
「………………………………助、けて、よぉ」
ガィィィィンッッ、と巨大な刃を受け止めた青年の膝が、地面についた。
形を跡形もなく壊すような衝撃が、彼の持つ剣とぶつかり合い、時が止まったような静けさが生まれた。
「――は、なれろォォ!!」
押し上げた刃は断頭台の前、群衆が集まるど真ん中へ落下する。
人々が危機を感じて逃げ惑う中、平らな刃がばたんと倒れ、土煙を巻き上げた中には、三人の影が見えているはずだ。
「…………どう、して……」
「姫様の頼みだ、感謝するなら僕じゃなく、姫様に言ってくれ」
「母様……っ、じゃなくて、アルアミカ!」
アリス姫がアルアミカに飛びついた。
「疑ってごめんなさい!」
「え……、でも、あの場にいたのは、だって、アタシのはず……」
「殺した自覚があるのか?」
「……ない。違う、絶対にないって言えるッ!!」
「じゃあ、それでいいだろう。君は犯人じゃない」
「??」
と戸惑うアルアミカを見て、アリス姫が声を低くし、
「……他に言うことあるでしょ」
と、怒りを滲ませた言葉にディンゴが目を逸らした。
「ねえ」
「………………僕も、疑って悪かった」
「目を逸らして言うの?」
「……っ」
と、ディンゴはアリス姫には逆らえない。
彼女が言っていることは言い返せない正論である。
「ごめん、アルアミカ」
「………………っ」
目をぱちくりとさせた後、アルアミカがなぜか顔を真っ赤にさせた。
「おい、どうしたんだ一体」
「いや、なんか、初めて名前を呼んでくれたから……嬉しくて」
「そうか。でも、本当に喜ぶのは真犯人を倒してからだ」
真犯人?
断頭台から見下ろすと、群衆が散ったせいで周囲に人は少ない。
ただ武器を持っただけの男たちも、身の危険を感じて引いていた。
彼らは戦士ではないためだ。
――残っているのは、三人。
戦い慣れた者たちだ。
フルッフと、彼女を取り巻く二人。
クロコとエナである。
「どういうつもりだい?」
「分からないか?」
ディンゴが言う。
「僕たちは、アルアミカの味方をする。……裏切った、と言うのであればお門違いだ。僕は最初から君の仲間になったわけじゃない。だから僕も言わないでおくよ。よくも騙したな!? なんて、騙される方が悪いんだから」
「……詰めが甘かったか。断頭台を使うなんて案を採用しなければ良かった。だから他人を手中に収めるのは、反対なんだッ!!」
「……お前が殺したのか?」
「……だったら?」
「生きるために、まったく関係ない国王と王女を殺して、国を崩壊させ、人々を路頭に迷わせ死者をたくさん出してッ!! 全てが意図的なものだったとでも言うのか!?」
「死にたくないんだ、それくらいは大目に見てくれないと困るよ。そうしないとこっちは殺されるんだからね……」
「そうか、だったらお前は――捕食されるべきだ」
少なくとも。
「同じ状況に陥りながらも絶対に誰も犠牲にしない、アルアミカじゃあないッ!!」
「ディン、ゴ……」
助けてほしいの。
無理だ。
最初はそんな出会いだった。
アリス姫だけを見ていた青年が、今、どうして自分を見てくれているのだろう?
同情? 責任?
……あり得ないけど、恋心?
「きっと、友情」
アリス姫が囁いた。
「わたしを一緒に守ってくれる、強い意志を持った仲間、じゃないかな?」
彼ほどに、アリス姫に執着を見せる者はいない。
いたとしてもクロコくらいだった。
だが、彼は本物ではなかったのだ。
接していれば自然と気付く違和感を彼は持っていた。
アルアミカにはそれがなく、ディンゴが最後の最後までフルッフと手を組むことを迷っていたのは、彼女から本物を嗅ぎ取っていたからだ。
犯人ではない、よりも、犯人であってほしくない、と彼は願っていた。
失いたくない、とも。
「なんだろう、小さな子供の成長を見た感じがする。わたしの方が全然年下なのに」
アリス姫が彼の背中を見て、笑った。
「頑張ってわたし以外を初めて見たね――踏み込めたね、ディンゴ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます