第27話 歴史を辿る物語
小柄なフルッフではなく、アルアミカと背丈が同じくらいの魔女は…………誰だ?
思考の海の深いところまで潜りそうになったアルアミカの意識を引き上げたのは、胸に抱くアリス姫の震えだった。
訳も分からず武器を持った男たちに追われる恐怖は対抗手段を持たないアルアミカにだってよく分かる。
男たちはもう遠ざかったとは言え、安心して顔を出したら武器を構えられていた、では遅いのだ。
迂闊に外には出れない。
周りは敵だらけである。
魔女の手が伸びている以上、魔女の仲間入りをしてしまったアリス姫は恰好の餌食になってしまうのだから。
「……母様、お話……」
「え、話って……」
こんな小さな子にさえ、糾弾されるのかと全身が強張ったが、違う。
今のアリス姫は、国の大火事や、両親の死を知らないのだ。
彼女が言うお話とは、現実ではなく、空想を指す。
「いつもみたいに、お話が聞きたい」
そのいつもがアルアミカには分からなかったが、ようはお伽噺を聞かせてほしいという欲なのだろう。
緊迫した状況下でのんびりし過ぎな気もするが、張り詰めてばかりいても疲弊するだけだ。
一旦現実から離れて、空想に逃げ込むのも悪くはない。
……アタシも大図書館に入り浸ってはいたけど、お伽噺系は読まなかったなぁ……。
一人の世界に入り込むフルッフはよく読んでいた。
感情表現が苦手だった彼女が本を読んでいる時だけは、笑ったり泣いたり怒ったり、嫉妬や羨望を抱いたり、表情が忙しく動いていたのが印象的だった。
死んでいるのか生きているのか見分けがつかないほど静かに教室の隅にいた彼女に心を奪われたのは、思えば棚の隙間から先を見通した時にふと見てしまった柔らかな微笑みだっただろう……その時から、アルアミカはフルッフをよく見るようになった。
クラスのお調子者さえも霞ませるほど、存在感を放つ魔女だった。
「どうしたら、報われるのかなあ……」
みんなが救われる結末が、どうしてないのだろう……?
どこで間違ったのだろう……どこで食い違ったのだろう。
どうして
生物の頂点に立つ『竜』は、数千年前から圧倒的に――強過ぎた。
同等だと思っていた相手と切磋琢磨しながら弱肉強食の世界で競っていたかと思えば、実際は彼らの一人勝ちだった。
気付けば彼ら以外の生物は滅び、食糧としていた自然も消えてしまい、あっという間に世界は荒廃してしまった。
枯れた大地はひび割れ、彼らが歩く度にそのひびが広がっていく。
大地が徐々に沈み、噴煙が周囲を覆ってしまった。
噴出した重たい空気が底に溜まってしまうが、巨大な体を持つ彼らにはなんの影響もない。
ゆえに、『足下』の世界に気を配ることもなかった。
彼らの頭を悩ます障害は存在しない――はずだった。
「だけど、彼らはお腹が空いてしまったのです」
何百年と食べなくとも平気な竜の体にも限界が訪れたのだ。
強大な力を持つ竜を脅かしたのは、生物である以上避けられない、飢餓の恐怖だった。
「た、たいへんっ、だって生物も自然もないなら、食べ物なんてないよっ!」
「そう、どこを探しても食べ物なんてなく、食べられるとすれば同じ竜だけ……。だけど、おとなしく食べさせてくれる竜なんていないから、アリスの思っている通り、竜同士の激しい戦いになってしまったのでした……」
「大ゲンカだ……」
アルアミカは子供に聞かせるようなお伽噺を知らない。
有名な話を軽く聞いたことがあっても語れるほど詳しいわけでもない。
それでも期待に答えたくて、即興で作ろうとも思ったが、途中で破綻してガッカリされても嫌だった……そんな時に見つけたのが、お伽噺のような現実だ。
脚色は一切ない、歴史を辿る物語。
救いのない悲劇になるだろう。
だけど、もしも子供心に魔女の誰もが考えもしなかった柔軟な発想を与えてくれるのであれば……、少し期待もしたのだ。
「そう、大ゲンカが起こってしまいました」
竜と竜がぶつかり合えば勝負がつくことは稀であり、そのまま数百年と戦いが続いてしまう――そのため、結局、餓死してしまう竜が後を絶たなかった。
仲間の末路を見た竜たちが、自分たちが生き延びるために……ある方法を取る。
それは、食糧を生み出すことだ。
扱いやすく、反抗されても絶対に竜が脅かされることもない……尚且つ短時間(竜からすれば)で繁殖し、莫大に増殖する生物。
当時、ある竜の背中でこそこそと生き続けていた、竜を出し抜いた矮小な生物に敬意を表し、魔力を宿した貴重な餌として抜擢されたのが――、
そう、人類である。
彼らが食し、判明した、餌の好みを分析した結果……最も栄養価が高く魅力的な味が染みているのが、魔力を宿した、成人する前の少女である。
現在では、彼女たちのことを、『魔女』と呼んでいる――。
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