第28話 歴史を辿る物語2

 フルッフの説明を、根を椅子にして腰を下ろし、頬杖を付きながら聞く。


「ぼくたち魔女は、……と言っても行動に移したのは大昔の魔女たちだけど、竜の餌として生み出されたからと言って、ただ食べられるわけにはいかないと反抗したんだ」


 第一に、別世界へ逃げるという一手を取った。

 ……が、竜が生み出した魔女たちが魔力によって作り出した世界に、竜が干渉できないはずもなく、籠城は早い段階で崩壊した。


 いくら人間からかけ離れた力を持とうが、竜に対抗できるものではない。


「ぼくたちは取引を持ちかけた。今よりも美味しい魔女を差し出すから、少しの間、待っていてほしいと……。先に提案だけをし、具体的な方法を考えもせずに、ね」


 剛胆だ、と思ったが、そうでもしなければ今すぐにでも捕食されてしまう。

 取れる選択肢はそれ一つしかなかったのだ。

 数秒でも長く生きられるなら、竜の怒りを買おうが構わないと破れかぶれな気持ちで。


「……生け贄になるのか」

「魔力の質が高ければ高いほど、竜は美味に感じるらしいね。その快楽は数百年待っててでも得たいものであると当時の魔女たちは確信していたんだ」


 取引を成立させた魔女たちはすぐに魔力の質を高める方法を探り始めた。

 数百年待たせておいて、味に変化がなければ、次こそ魔女たちは貪り喰われてしまうだろう。


 そうならないためにも、彼女たちは探り続けた――その結果、研究施設兼教育所として、学院が設立した。

 創立から数千年経った今でも続いている巨大な魔女学院である。


 フルッフも、アルアミカも、その学院に在籍している。

 研究により判明したのだ……重要なのは質であり、量ではない。

 才能と努力による成果によって、味は洗練されていく。


「学院で高成績を収めた魔女は卒業を経て、竜に捕食される。ぼくたちにとってそれは光栄なことであり、生きる上での最終目的であると、教えられていたんだ」


 捕食されることについて恐怖する者は誰もいなかった。

 一部の例外を除いて、だが。


 人間が竜を崇めるように(町にある教会は竜に祈りを捧げる場所である)、魔女たちは己を差し出すことで竜に奉仕をしていると自覚していた。


 竜に近づきたい。

 捕食されれば、竜と一つになれる。

 そう信じていた。


 我らが敬愛する竜に、進化すること――信仰力もまた、成績の一部なっている。

 竜に捕食されることを恐怖する者は、魔女として半人前であり、落ちこぼれだ。


 そう教えられ、学院内でも蔑まれる対象になっていた。

 他とは違うという、差別的な意味合いだ。


「ぼくとアルアミカも落ちこぼれだ。

 ……だからこそ、こうして最後まで残っているわけだけど……」


 時代が進むにつれて整っていた竜への供物というシステムが、やがて綻び始める。


「高成績を出す魔女が数を減らしていったんだ。……生け贄にされた者たちと違って落ちこぼれは溜まっていく。いくら竜への信仰を説いたところで先人たちの否定的な言葉は次世代の子供たちには伝わってしまう。

 差別的な扱いはまだあるものの、ぼくたち落ちこぼれの声も弱くはなくなっていた」


 魔女社会において存在していた格差の垣根がなくなりつつあったが、しかし別の根本的な問題が浮上してきてしまう。


「質の良い魔女が生まれなくなった……?」

「竜たちも、以前に比べて落ちた味に満足できなくなったんだ」


 味の品質が落ちたことで竜たちに怒りが生まれた。

 数百年も待って食べた味が期待通りでなければ、不満があるのは当然だろう。


 何千年と続いていた魔女たちの世界が、再び危機に陥った。

 ……解決方法は分かっている。

 しかし、竜たちを満足させる味を持つ魔女を育てるのは難しく、事態が回復することは遂になかった。


 逆に、悪化する一方だ。

 味に不満があっても生け贄を出さないわけにもいかず、現時点で上位を占める魔女たちが順々に捕食されていき……、

 そして残った魔女たちは落ちこぼれと呼ばれている、最底辺の味しか持たない女の子だ。


 ボーダーラインを下回る、不味いと評価される問題を抱えた魔女たち。

 その内の二人が、現在この国にいる。


 竜に捕食される恐怖を持つ内は、魔力の質が上がる効率は悪くなり、時間がかかってしまう……。

 強い向上心と背丈以上の経験により、魔力の質はぐんと上がるのだが……。


「だから、自発的な上昇志向を抱かせる方法が提案されたんだ」


 竜に捕食されると分かっていて、魔力の質を高める魔女はいない。

 彼女たちにとって、捕食される結末はなによりも避けたいものなのだから。

 誰だって、死にたくない。


 ――逆に考えれば。

 捕食されるのが最大の恐怖であると言うのであれば。


「成績上位でなければ、下位の者から捕食されていく――」


 猶予は、一ヶ月。

 その間に順位を上げなければ、最下位であった者は問答無用で竜に捕食されてしまう。


 順位を奪う方法は相手の魔女を倒すこと……、間違っても殺害してはならない。

 竜は生きた魔女を美味しく感じるのであって、死体では魔力がなく満足しないだろう。


 殺してしまえばその魔女は参加者ではなくなり、猶予となる一ヶ月の間に、別の生け贄が必要になる。


 その場合、問答無用でペナルティが加害した魔女に課せられ、最下位へ転落だ。

 勝利に酔っていたところで、敗北者へと突き落とされる。


 ……命を懸け、頭を使い、己の限界を越えた戦いを経験することで魔力の質が上がっていくはず……、

 そう、彼らは結論づけたのだ。


 捕食されたくないがために他者を蹴落とし、生き残ろうとする。

 意地汚い戦いはたとえ落ちこぼれであろうとも必ず成長するものだと踏んでいた。


 人は、追い詰められれば限界以上の力を引き出せる。

 魔女であっても例外ではないはずだ。


「今、世界各地に魔女が散り散りになり、互いを蹴落とそうと機を窺っている……」


 体に刻印された順位をさらに上げ、命の危機を回避させるために。


「かつてのクラスメイトを犠牲にする策略を練りながら――さ」


 そして、


「現時点での最下位はぼくであり、一つ上が、アルアミカだった――だけどどうやら、アルアミカの現状そのままを、あの子が引き継いだみたいだね。

 つまり、猶予も残り……、今日だ。

 今日の零時には、ぼくかあの子が、捕食される運命にある」

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