第26話 三人目の存在

「疑うのなら聞いてみればいい。きみが一番信じるお姫様に。あの子は見ているはずなのだろう? 両親を殺した犯人を、その場で見ているはずだし、一度は殺されているはずだ」


「…………姫様は今、記憶を失っているんだ」


「どうして失ったんだ? 蘇生後、目を醒ました時からか? 蘇生の負荷が記憶に障害を与えたのか? それとも、目を醒ました時に見た姿が犯人だったから、心の負担を軽減させるために本能が記憶を飛ばしたのではないか? 

 ……あの子が目を醒ました時、一番最初に目にしたのは、一体誰だった?」


 ……アルアミカ、だ。

 ディンゴが棺桶の中にいた時にアリス姫が目を醒ました。

 つまり、外でなにが起こっていたとしても、なにも分からない。


「だとしても! 逆も言える。僕がお前を信用する理由にはならないッ!」

「ぼくはアルアミカに復讐を果たせたらそれでいい……そしてあの子ではなく、本来の運命の通りに、歯車をはめ直す。――敗北して死ぬのは、あの子ではなく、アルアミカだ!」


 助けてほしいの。

 ――追われている。


 アルアミカは最初、そう言っていたはずだ。

 だが、現状、アルアミカは危機を脱し、その立場が丸ごとアリス姫へ移った……?


「…………君たちは、なにに追われているんだ……?」


 魔女に持つはずもない興味も、彼女たちが抱える事情に、アリス姫が巻き込まれているのなれば、知らないわけにはいかない。


「信用しなくてもいい、ぼくを敵だと思ったままでいい、助けてほしいなんて押しつけるようなことは言わない……利害が一致したんだ、目的のために手を組んでほしいだけだ」


 利用すればいい、と、フルッフは信頼を得ようという努力を一切しなかった。



「敵はアルアミカで、救うべきはきみの守りたいお姫様だ! 

 この目的に賛同できるなら、ぼくと一緒に戦うか!?」



 真実は分からない。

 目の前の魔女が口八丁で言いくるめようとしているのかもしれない。


 どちらにせよ、彼女たちがアルアミカと共にアリス姫を追っているのであれば、共にいた方が探し出すための効率が上がる。

 どちらを信用するにせよ、まずはアルアミカと合流しなければ話にもならない。


「……お前を守る気はない」

「それでいい。ぼくも、守られる気はまったくない」


 握手はしなかった。

 求められなかったのもあるが、手を組む段階にさえいっていないのだから。


「自分が信じた正義を貫けば、おのずと気持ちは一致するだろうからね」



 大樹の根と根が絡まることで生まれた僅かな隙間の中で、アルアミカが息を潜める。

 魔法が使えなくなったただの女の子が、小さな少女を抱えて逃げ回るのは難しい。

 体力が思っていたよりも早い段階で底に尽き、身を隠すことにしたのだ。


「くそっ、どこに行きやがったッ!? 

 見つけたらめった刺しにしてやるのによぉッ!」


 苛立ちと怒りによって、武器は乱暴に振るわれ、大樹が八つ当たりされていた。

 ……やがて、男たちの足音が近づいてくる。

 彼らは根を足場にして、アルアミカの真上を進んでいるようだ。


「クソッ、あいつのせいで、国は滅茶苦茶だ……ッ! 捕まえたら吊し上げて、炎で焼いた後に断頭台で首を刎ねてやる。苦しませてから殺してやらなくちゃ気が済まねえ!!」


「殺したらダメなんだろ、あの子が言っていたのを忘れたのか? 生け贄なんだとさ」


「だけど、あの子も魔女なんだろ? ……確かに町の復興を魔法で手助けしてくれたけど……どうにも信用できないんだよな。どこか壁を感じるというか――」


「作っているようにも見えるけどな。深入りはしない性格なんだろう。愛想はないが言葉や行動の節々から寂しがり屋な一面が見えるから、大多数はあの子のことを信用してる」


「……まあ、な。一人で食事をすると言いながらもこっちをちらちらと見ていたな」


「混ざりたいけど言い出せない本当のあの子が、ああも冷たく論理的な考えをして口に出さなくちゃいけないのは、取り巻く環境のせいだろう。……あの子が語った事情には救いがない」


「自分たちのことで手一杯でも、助けたいと思えたな」

「同時に、あの子を苦しめる犯人が、許せないと思ったね」


 男たちの会話が途切れた。


「……いない、な。どうする、戻るか?」

「いや……進もう。犯人はもう魔女ではないらしいじゃないか。だったら武器を持つ俺たちの方が優位だ。ただの女の子、捕らえられない力量差じゃない」


 徐々に、足音が遠ざかっていく。

 しばらく呼吸もまともにせずにいたら、体が拒否反応を起こして、すうはぁ、と大量の空気を取り込み始めた。

 はぁ、はぁと荒い呼吸を繰り返し、頭の中で男たちの会話を反芻させる。


 ……知られている、アタシが魔女でないことが。


 しかも、明確にそう言ったわけではないが、彼女たち魔女が巻き込まれている事情についても、知る素振りを見せていた。


 ……生け贄。

 殺してはならない。

 教えた者がいなければそんな発想にはまず至らないはずだ。


 ……昨日の大火事が、アタシのせいになってる……?


 アルアミカはバルコニーから見つけた放火の犯人を追っている。

 誤解を解くために言っても信じてもらえないだろうが、やっていないと自分がよく分かっている。


 その時、犯人と共にいた、別の魔女を見ているのだ。

 少なくとも――背丈を見た感じ、フルッフではなかった。


 あの場でフルッフだと分かっていれば、アルアミカ自身も探していたのだからすぐに飛びついたはずなのだ。

 

 だから別の、魔女……そう、つまり。


「……アタシとフルッフ……そしてもう一人、魔女がこの国にいる……?」

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