第25話 アルアミカ犯人説

「お前……ッ」


 腰を落として剣を抜くディンゴだが、真っ二つに折れた剣は、彼女には脅威に映らなかったようだ。


「この状態でも、鈍器として使うことはできるけどね」

「だとしても、ぼくには魔法がある。植物の成長を促進でき、ある程度の軌道を操れる状況で周りが森というのはぼくにとっては有利過ぎる環境だろうね」


 公平な勝負であれば、ディンゴが勝つだろう。

 フルッフもそれには納得している。


「一騎打ち、だっけ? 公平な剣と剣の勝負。きみは騎士の中で最も強いと証明し、最強という地位についたのだろう? そう彼から聞いたけど」


 集団の中にいる飛び抜けて高いクロコを指差した。


「…………ああ、その通りだ」

「あてにならない最強だね」


 ……知っている。

 心の弱さも含め、そう痛感させられた。


 元々過大評価なのだ。

 言われ続ける内にそう勘違いしていただけで、ディンゴは最強ではない。


 定められたルール内で、真剣勝負をしていくら勝とうが、現実は試合のように全てを公平に整えてくれるわけではないのだから。


 平和の国。

 だからこそ、付け入られたのだろう。


「圧倒的な脅威に、免疫がないんだからね」


 どういうことだ、と聞き返そうとしたが、視界の端に捉えたものがあった。


「ディンゴ、お前が持っておけ」


 十数名にも及ぶ集団の中の一人が、折れていない剣を投げ渡したのだ。

 うわっ、と顔を後ろに避けながらも反射的に鞘に収まった剣を受け取った。


「お前が頼りだ」

「頼りって……というか、一体なにをしているんだ? 町は? 子供や家族を置いてこんな場所まで武器を持って……他にやることがあるはずだ」

「いや、これが最優先だ」


 ディンゴが眉をひそめる。

 家族を置いてまで、好戦的な部類ではなかったはずだ。

 どれだけ屈強な体を持っていようが子供にデレデレ……妻には尻に敷かれて、呼ばれたらすぐに家に帰るような男たちばかりだ。

 そんな彼らが、なぜ……?


「……? 誰もディンゴに説明していないのか?」


 男たちが顔を見合わせ、誰も返事をしないことから伝えていないのだと判明したらしい――そもそもディンゴのことだからきっと知っている、と確認を怠ったのも原因だろう。


 彼らは、ディンゴがまさに追っている最中なのだと思い込んでいたのだから。

 木製の棺桶に入っていたのも、敵にやられたのだと彼らは勘違いしている。

 ディンゴにとっては、あながち勘違いでもないのだが……。


 認識の違いだ。

 現状の情報交換がないまま話が進んでいるため、ディンゴも誤解している……知り合いだからと良い方へと曲解していたのだ。


 魔女の手先が近づいていると思ってアルアミカに逃げろと言い放ったが、蓋を開けてみれば近づいてきていたのは目の前にいる男たちだった。

 ――だからと言って、アルアミカに危害を加えない、魔女の手先ではない者たちであるとは、限らない。


 フルッフがこうして現れ、しかもクロコと面識があり、尚且つ、この場に馴染んでいることにもっと早く気付いても良かったはずだ。


 知らぬ間に安全地帯までもが侵食されていたことに今更ながら危機感を覚える。

 感覚的には、喉元に切っ先が突きつけられたようなものだった。


 アルアミカを追った男たちは彼女たちを見つけても危害を加えないだろう――、

 とは、もはや言えない。


 だって、彼らの目的は――、



「王族殺しの犯人、魔女アルアミカを、俺たちの手で捕まえるんだよッ!!」



 ………………な、に?


 呆然とするディンゴのことなどいざ知らず、

 集団の中の一人が、ディンゴに向けてを手を伸ばした。


「お前の力が必要だ、ディンゴ。……犯人がこの国にいるだけで娘も妻も満足に安心して眠れない……。一刻も早く、なによりも優先し、犯人を捕まえて……殺すッ!! 俺たちの国と平和を、取り戻すんだ!」


 男たちが手に持つ武器を振り上げ、


「我々の王を殺した犯人を、許してなるものかァ!!」


『おぉォォ!!』



「なんだ、それ……」


 殺した、だと?

 国王を? 王女を? ……アリス姫を?

 だって、生き返らせたのは――あいつなんだぞ?


「死んだから生き返らせたのではなく、生き返らせるために殺したのなら?」


 フルッフは言う。


 ――もしも。


「理不尽な運命によって死の危険に晒されているぼくたちが、他人に自分の役目を押しつけることでしか逃げられないとしたら? 

 そして――、

 その方法を前もって知っていたのであれば……? 筋は通るし、殺す動機としては充分だ」


「…………信じられるか、そんなこと」

「なら、どうしてアルアミカがそんなことをしないと、信じられるんだい?」


 根拠も、証拠もない。

 彼女について、知らないことばかりだ。


 名前さえ呼んでいないのだ。

 彼女に興味など、持たなかったはずだ。


 アリス姫『だけ』を想い、守ると誓った四年前から、ディンゴは別の誰かを救おうとは思わなかった。

 姫が関わらなければ、彼は人助けさえも、自発的にしようとは思わなかったほどの筋金入りだ。


 ……なのだが、今日に限っては彼女を庇っていた。

 アルアミカは、ディンゴを、アリス姫を、騙そうとはしないと断言できる。


 ……それは騙されていないと信じたいだけなのではないか?


 もしも――フルッフや男たちの言葉が真実なのであれば。

 アリス姫は今、この国で最も危険な人物に抱えられていることになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る