第22話 方向は最悪へ

「あ――あの子が目を醒ましたわ!」


 ディンゴを解放しようとする手を止め、足が遠のく。

 きょとんとするアリス姫の元に駆け寄ってぎゅっと抱きしめた。


「???」

 と、アリス姫は訳が分からず首を傾げる。


 命の恩人であるアルアミカに対し、逆ならばまだしも彼女の方から好意を向けられるとは思っていない。

 アリス姫からアルアミカへ渡せたものはなに一つだってないのだから。


 と、いうのはアリス姫がしていたであろう主張。

 アルアミカからしても、アリス姫には返し切れない恩がある。


「どこも怪我してない!? 痛むところはある!? 

 体の内側から苦しいって感覚があったりする!?」


 両肩を摑んで激しく揺さぶる。

 あうあう、と頭がぐらぐら揺れて、アリス姫の目がぐるぐると渦を巻いていた。


 無理やり体内に生産神経ごと魔力を移植したため、その弊害が出ていないか心配だった。

 たとえば、血液のように循環する魔力の流れが体の負担になって、絶えず激痛に苛まれてしまうなど……強力過ぎる魔力を持つと、小さな子供は、魔力に慣れていない内はそういった症例があったりもする。


 激痛を訴えていないので、そういう症状は出ていないようだが……。


「はぁ……、それなら良かった……――」

「頭が揺れて、気持ち悪い……っ」

「あ、ごめんごめん」


 乱暴で、なんだか雑な扱いに、アリス姫が頬を膨らませながら。


「――もうっ、母様ったら」


 と、アルアミカは一瞬、違和感に気づけなかったが、数秒後、はっとして気づいた。


 ……母様?


「わぁっ、ここすっごい! 母様がいつもしてくれるお話のなかの世界みたい! 

 母様っ母様っ、いつのまにこんな場所に連れてきてくれたのー!」


 子供のようにはしゃぎ、積もる葉の上に飛び込んで、たくさんの葉が真上に舞い上がった。

 舞うそれらが落ちる前にさらに葉を手でかき上げて――彼女の年齢からすれば充分子供だが、それよりもさらに年齢が低くなったように感じられる幼さが見える。


 背中から葉の上に倒れ、ふかふかのまるでベッドのような感覚に眠気を感じたのか、うとうと、と意識が明滅し始めた。


 すぐにアルアミカが肩を叩いて起こすと、不機嫌な様子で抱きしめられた。

 そして、そのまま押し倒される。


「むにゃあ、かあ、さまも、いっしょ、に……」


 アルアミカの胸を枕にして、アリス姫が再び眠りに落ちる。

 動くに動けないアルアミカが、寝転がった状態で頭を働かせた。


 ……どういうこと?


 アリス姫は今日と昨日の出来事をまったく覚えていないどころか、十歳にしては無邪気過ぎるし、アルアミカが見て感じていた、幼いながらも大人の事情を多少は囓っている利口な部分も今の彼女には感じられなかった。


 本当に、子供って感じで……。

 いや、これが普通の子供らしさなのかもしれないが。


 さらに小さいアリス姫を、時間を越えて引っ張ってきたかのような。

 だから、つまりは、そういうことなのだろう。




「…………?」

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