第18話 行方は?

「国王様と王女様が不可思議な術、のようなもので殺された時……その場にはアリス姫様もいました……お二方が、殺される瞬間を、まじまじと見てしまっており――」


 騎士が拳を握り締めた。


「姫様が絶望し、泣いているのに、私たちはなにもできなかった。こうして……」


 男が軍衣をはだけさせ、胴体に巻き付けた包帯と滲む赤黒色を見せた。


「体に複数の穴を空けられ、意識を失ってしまっていたのが、とても悔しい……ッ!」


「あなたの悔しさは私たちも同じだ。その場にはいなかった、だが、我らが守るべき王族を殺されて黙っていられると思うかッ!!」


 クロコの言葉に、男たちが「おぉッ!」と叫び、武器を掲げる。


「そいつは魔女だ……名を、アルアミカと言う」

「クロコ、あなたはどうしてそこまで知って……?」


 犯人の名など、目撃者である護衛騎士ですら分からなかったことなのに。

 いや、もしかしたら、耳聡く聞いていれば知っていた者もいるかもしれないが、何度か言葉を交わした間柄でなければすぐに忘れてしまうだろう……。

 騎士や国王のような立場を示す代名詞によってかき消されてしまう者がほとんどのはずだ。


 アルアミカという名は覚えていなくとも、その見た目と、魔女――という名を。


 謁見の間に現れた魔女の姿を見た者は限られており、深く踏み込んだ者ほど死亡している。

 その中には『彼』も含まれていたが、生きている姿をエナは既に見ている。


 彼がそう簡単にやられるとは思えないが、次々と関係者が殺されている以上、次は彼であることを否定できるものではなかった。


「あいつも知っているはずだ……エナはディンゴを見つけたか?」

「………………いや。まだ……」


 エナは咄嗟に、首を左右に振って嘘を吐いた。


「だとすると、少し怪しいな。もしかして、あいつが匿っているんじゃないか?」

「どうしてディンゴが匿うのよ……理由がないでしょ」


「どうだか。そもそもあの魔女を連れてきたのはあいつだ。私もお前も知らない間に、あいつと魔女の間に、密接なやり取りがあったのかもしれない」

「…………ディンゴが、魔女に目をかけるとは思えないわよ……っ」


 だって、今もアリス姫の傍に付きっきりで看病をしているのだから。

 それに、彼はアリス姫にしか好意を向けていない。

 それ以前に、興味も。


 エナがどれだけしつこく迫っても、彼はどこ吹く風で興味を持ってくれないのだから痛いほど分かっている。

 たとえどんな複雑な理由があろうとも、彼は残酷に、アリス姫以外にはなびいたりはしない。


 ……しない、はずなのだけど。


「あの、騎士様。国王様と王女様が殺されたと知っても、あまり驚かないのですね」

「……それは」

「エナ、お前……もしかして知っていたのか?」


 王族殺しはとある騎士が証言したことで知れ渡った事実だ。

 エナがいない間に拡散されていた情報。

 拠点に戻ってきたエナは、今、王族が殺されたと初めて聞いた、ということになっている。


 のだが、既に死体を見終えているので他殺であろうがなんであろうが死んだという事実を知っているため、一度目ほどは驚かない。

 死体の様子から大火事や急成長した植物に巻き込まれたとも言えない。

 意図的な、悪意ある第三者によって殺されている。


 エナにとっては、犯人像が新たに知らされただけに過ぎなかったのだ。

 ……思えば、ディンゴと再会した時も、二人の死体を見て、その死因までを訊ねはしなかった(……事実を知ったショックでそれどころではなかったのもあるが)。


「お前、なにを隠している?」


 ……ごめんディンゴ、と心の中で呟いたエナは、国王と王女の死体がある場所まで、クロコと集まっていた男たちを連れて、来た道を引き返した。



 国王と王女の死体がある場に、既にディンゴはいなくなっていた。

 近づく気配に身を隠したのか、それ以前にここを出たのかは分からなかったが。


 死体を囲うように、根が成長していた。

 たった数十分、目を離した隙に植物が成長したのだろう、周囲の景色も(森の中なのでどこも同じように見えるが)心なしか変わったように見える。

 自由に動けるスペースが減り、大樹の根や巻きつくツルが増えていた。


 侵食してくる植物から逃げるように、場を離れたのかもしれない。

 折れた枝、引き千切られたツル。


 ……まだ乾き切っていない血痕。


「…………ディンゴ?」

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