第17話 特定される犯人像
がささっ、という音がしてディンゴが背後を振り返る。
茂みの中から姿を見せた彼女は、軍衣に小さな枝をたくさん引っかけ、髪の毛には葉が数枚絡んでいた。
息を荒げながら、流れる汗で毛先が頬にくっついてしまっている。
「なんだ、エナか」
咄嗟に抜いた剣は真ん中から先が折れてしまって存在しない。
鞘に収めるにもいつもと感覚が違い、距離感を掴むのに失敗してしまう。
「なんだ、じゃないわよ……っ、今、どれだけ国が大変なことになってるか……ッ。どうしてあんたは顔を出してくれないのよ!?」
怒っているのか泣いているのか、よく分からない表情だ。
知っているようでなにも知らないエナは、ディンゴが背負う姫と、彼の背後に並ぶ国王と王女を見て、言葉が続かなくなった。
急にがくんっ、と膝が落ちて、立っているための力が一気に抜けてしまったようだ。
「…………う、そ」
「これはみんなに知らせるべきなのか、判断に困ってたんだ。……エナに任せるよ」
「ちょっ、え、なん……っ、そんな大事なことを、どうして私に!?」
「僕はまだ、表に出る気はないから」
せめてアリス姫が目を醒ますまでは……、
幸い、身を隠すにはうってつけの環境である。
「外はどんな様子になってる?」
森に囲まれているので外も内もないのだが、長居しているため、まるでこの場が一種のプライベートゾーンに感じていたディンゴは、自然とそう言っていた。
「……人の捜索、よ……。行方不明者の捜索願いが騎士の元に何件も届いてる。生活を安定させるための居住エリア作りと、食糧の確保を手分けして作業中……だけど、やっぱり先導する統率者がいないから、色々な場所で齟齬が出てる。一応、騎士の中で代表者を複数決めて、分散させた拠点に置いて指示は出しているけど、元々従うことに秀でてる人ばかりだから、人々をまとめ上げる技術にはあまり長けていないのよ……っ」
「父さんは?」
「………………分からない」
頼りにしていた父親さえ、行方不明者の一名なのだと言う。
「なら、今は誰が率先してまとめ上げてる? 向いているかどうかは別として」
「私と……クロコが」
……人選としては悪くない。
最も不幸な目に遭っているクロコ(国が森に飲み込まれる前の大火事、一番最初の被害者は彼だし、直前に父親を亡くしている)が、塞ぎ込むことなく先導しているとなれば、被害に遭った者も多少は元気を取り戻すかもしれない。
不幸なのは自分だけではない……そんな同族意識が少しでも前向きに作用してくれるのであれば、不謹慎でも今だけは己の不幸を笑ってしまえばいい。
クロコはそれができる。
王宮から半追放された状態である彼には、元々従う素質がないのかもしれない。
彼は言っていた。
全て父親のためだった。
向いていないことをするのも父親を喜ばせるためだった。
国王に従わず目的のために行動を起こせる、彼の無鉄砲にも思える素質は、現状、誰もが後ろ向きになってしまう中では、重宝されるべき人間性だ。
彼が先導し、真面目なエナがクロコの足らない部分を補えば、現場は回るはずだ。
「……ねえ、本当に、王女様と、国王様は……」
「うん、死んでるよ」
「――なら、どうしてあんたはそんなに冷静なのよッ!」
冷たく映っただろうか。
薄情だと軽蔑しただろうか。
きっとこんな状況でなければ、普通に悲しんでいただろう。
思わず叫んでしまったことを後悔し、顔面を蒼白にさせるエナがぽつりとこぼす。
「…………ごめん」
「気にしてない。ただ、エナでこんなに取り乱すのなら、他の人にはまだ伝えない方がいいかもしれないな。ただでさえ混乱している今、国王と王女の死亡をわざわざ伝えなくてもいいだろう。もう少し、落ち着いてからでいいはずだ」
「……うん。あ、少し、顔を見ても、いいかな……?」
「きっと喜ぶと思う」
ディンゴとエナは、特別、王族である二人と近い距離にいた。
英雄である父親が多大に王族へ貢献していたからだろう。
関係性は騎士と王族だが、実際はもっと近かったように感じる。
甥っ子姪っ子、叔父と叔母……それくらいの距離感だった。
そんなエナからの最後の挨拶となれば、二人も嬉しいだろう。
「……これ、ディンゴがやったの?」
「え」
とディンゴがエナに言われて見たのは、
互いに肩と顔を寄せ合い、右手と左手の指が絡みつく、死体の姿だった。
「…………」
もちろん、ディンゴはなにもしていない。
この場に並べただけである。
二人の手をわざわざ絡ませるようなことはしていない――なのに。
「……素敵」
エナが這うように近づき、目の前で両手を合わせて、最後の挨拶を済ませたようだ。
「ディンゴは、姫様に付きっきりで看病するの?」
「そのつもりだよ。それまではそっちに合流はできないと思う。姫様の看病を放り投げて別の誰かを助けようだなんて、今の僕にはとても思えないからな」
騎士としては最低の発言だ。
困っている人を見ても助けない、助けたくないと言っているのだから。
だが、騎士として最低でも、アリス姫専属の近衛騎士となれば話は別だ。
アリス姫だけを守る、騎士なのだから。
最優先は姫、一人だけである。
「あんたはそれでいいと思う」
意外にも、エナは怒らず、逆に安心したようだ。
抱えていた不安がすぽんと抜けてしまったかのように。
エナがディンゴの元を離れ、拠点に戻った時。
数十名の男たちが、武器を持って集まっていた。
森の中に落ちていた、騎士が持っていた剣。
まだ町があった頃、ツルやツタを切るための鎌や建築作業で扱っていた槌など、手に持つ武器は様々だ。
殺気立っても仕方ない状況とは言え、今、仲間同士で争っている場合ではない。
統率しているクロコはなにをしてる……、
探してみれば、集まっている男たちの中に突出して顔が見える高身長の彼がいた。
「なに、やってんのよ……ッ」
エナが近づくと、クロコも気付いたようだ。
「――物騒に武器なんて持たせて、なにをするつもりなの?」
「事件の時、王宮勤めをしていた護衛騎士が目を醒ましたんだ。……私たちがこんなにも苦しんでいるのに、どうして国王様はなにもしないのか、不思議に思っていたが――彼らの証言で私たちは恨む相手を間違えないで済んだようだ」
「あんたは知っていたのか?」
武器を持ち、苛立ちを隠さない男がエナに敵意を向けてくる。
集団の視線が一斉にエナに突き刺さった。
「…………なんのことでしょうか」
「国王様と、王女様は――もう死んでるんだろ!?」
「ッ!」
ついさっき、知らせるべきではないとディンゴと言葉を交わしたはずなのに。
エナが持ち場を離れた一瞬の隙に、情報が広まってしまっている。
こうして殺気を放ち、武器を持っている者は全体に比べればごく少数のものだが、拠点で怪我人の看病をしている女性や子供もショックは隠し切れないし、犯人への憤りも垂れ流しにされている。
動けない怪我人でさえも、無理やり体を動かそうとするくらいだ……、有志で集まった討伐隊に参加したいと志願するほどに。
皮肉にも、怒りや恨みが体を突き動かし、怪我を負いながらも動けるようになった者は少なくない。
「私が、犯人の姿をこの目で見ました」
エナの背後から現れた男……。
王宮勤めの、国王の護衛騎士である。
「彼だけではなく、致命傷を負いながらもなんとか存命した騎士があと二人いる。体は動かないが口だけは動くようでな、証言をしてくれた。個別に、違う時間帯で聞いてみたが証言は三人ともまったく一緒だった。……彼らが見たものは、事実なのだろう」
頭に被ったとんがり帽子、全身を覆った黒いローブ。
……長い髪――とてもとても、赤い……。
女性に見えた、少女に見えた……と多少の食い違いはあるものの、犯人像が同じであるのがよく分かった。
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