#2 樹林の侵略
第15話 一夜明け……
国を飲み込もうとした炎は、急激に成長した大樹から降り注がれる雨によって消火された。
人々を苦しめた炎の脅威はあっという間になくなったものの、成長したのは大樹だけではない――、
森を始めとし、人の手による伐採が追いつかない勢いで、今度は植物が町を飲み込んでいった。
小さな芽から成長した大樹に、家が押し上げられてしまう。
ツルが絡みつき、運良く炎の影響が少ない家も、経年と共に脆くなっているため、ツルの締め付けには敵わない。
俯瞰して見る、一面に広がる森の中に、丸く切り取った国があったのだが、手の平で均したように全てが森となってしまった。
大樹の成長は一定のところまで伸びれば止まる。
後は時間と共に朽ちるだけだ……しかし、成長は早いものの、朽ちるまでの時間はえらく長い。
夜が明けていた。
が、大樹が光を遮断し、日中にもかかわらず町は暗い。
……町? 森?
もはやどこからどこまで町だったのか、まったく分からなくなってしまった。
幸い、王宮は木材以外の素材も適度に使用しているために重量がある。
全てが大樹によって持ち上げられることはなかったようだ。
森の中で迷ったとしても王宮の場所が分かれば、なんとか人と出会うことは叶うだろう。
結局、ディンゴは一睡もしないまま二日目を迎えた。
ツルが余るほどあるので何本か取り、未だ眠ったままのアリス姫を体に縛り付け、王宮から外へ。
最優先であるアリス姫の安否確認ができた後、するべき行動は一つ。
「…………、偶然にしては堅牢に守られてるね」
国王と王女の捜索である。
捜索を開始して数時間が経った頃、王宮内を一通り探し、しかし見つからずに他の場所を転々とした後……、
再び王宮に戻ってきたディンゴが気になったのは、周りの根とは違い、まるで囲うように迂回し、膨らんでいた根の形だった。
僅かにできていた隙間に指を突っ込んで空間を広げて中を覗くと、アリス姫と同じ金色の髪の毛を見つけた。
……もう同じとは言えないくすんだ色になっていたが、それでもディンゴにとっては見つけやすい色だった。
剣を差し込み、てこの力を利用して隙間をこじ開ける。
二度三度、繰り返し力を入れていたら、ぱきんっ、と音がして剣が真ん中から折れてしまった。
……構わない。
剣のおかげで充分な隙間を作ることができた、後は腕力でさらにこじ開ける。
なんとか、人一人を取り出せる空間を作ることに成功した。
身を乗り出し、腕を伸ばして、王女の腕を摑んで引っ張り上げる。
膝を地面に擦るような、丁寧とは言い難い引っ張り方になってしまったが、これで救出には成功した。
王女はディンゴに体重を預けるように、もたれかかってくる。
手で摑んだ時点で分かってはいたが、こうして抱き留めることで明確になる。
固く、そして冷たい。
頭に開いた丸い傷跡を覗けば、先が見通せるほど綺麗な貫通痕だった。
「姫様は……」
王女の耳元で、返ってくることのない質問を思わず呟いていた。
「あなたの死を、見ていたのでしょうか……」
どちらが良いかなんて、分からなかった。
同じように、近くの根に守られていた国王を引っ張り出した。
王女が落命していた時点で既に分かっていたが、同様に国王も――。
こっちは胸に大きな穴が開いていた。
心臓を含む胸部がまるごと、ごっそりとえぐり取られたような、人の業とは思えない傷跡である。
正直、色々なことが一気に起こり過ぎて悲しむ余裕がなかった。
まるで現実感がない。
一夜にして国が燃え、植物に飲み込まれ、昨日まで過ごしていた日常が今やどこを見ても木々ばかりの森の中……。
人々を統率する王族が、二名死亡し、一名は未だ眠りについたまま、心臓は動いているものの目を醒ますかどうかはまだ分からない。
先導者がいないこの状況を……どう整理する。
「……ひとまず父さんの指示に…………いや、僕がまとめろと言うだろうな」
英雄は引退しており、抱えていた重役は後継者であるディンゴに託された。
緊急事態ゆえに全てをディンゴ任せにはしないものの、表立って先導するのはディンゴになるだろう……。
しかし、そうなると見るべき人数が増える。
ただでさえ一人を守れなかったのに大勢の人間を守る余裕なんてなかった。
最低でも、アリス姫が目を醒ますまでは、彼女に付きっきりでいたい。
そうなると、この状況は逆に好都合とも言える。
人の目から逃れられる。
ただ、こちらの目も他人には届かない意味も持つが。
「……それにしてもあの魔女、一体どこまで行ったんだ?」
その頃、魔女アルアミカは現在、魔法が使えない体になっていた。
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