第14話(N)幕間

 今までどこにいてなにをしていたのか……、

 本来ならまず聞くであろう、そして余所者という線で最も怪しいだろう魔女アルアミカを前にして、ディンゴは彼女が犯人である説を提唱したりはしなかった。


 しかし勘違いしてはならないが、それは信頼ではない。

 当然、優しさでもなく、彼から最も遠く離れている感情だろう。


「――僕はどうすればいい?」


 そう聞きながらも彼は抱えるアリス姫を離そうとはしなかった。

 一度、大切なものを失ったのだ……二度と手放さないようにするのは当然だ。


 だから、誰が、ではない。

 アルアミカでなくとも彼はアリス姫を渡さないように自らの体を盾にするだろう。


 気持ちは分かる。

 だけど、


「……信用してくれないとなにもできないよ」


 数秒、待ってみたものの、彼の態度は変わらなかった。

 その頑固さに溜息が出る。

 だが、逆の立場になってみれば、アルアミカもどういう態度に出るかは分からない。


 少なくとも魔女(人間)に大切な人を任せようとは思えないだろう。


「分かったわよ、このまま蘇生を始める。言っておくけど、成功した試しはないから失敗したらどうなるか分からないし、成功したとしても思い描く理想の通りになるとは限らない……」


 それでも……、と再度、彼に聞こうと思ったが、自然と口が閉じた。

 可能性がゼロでない限り、彼が止まることはないのだろうと分からされた。


「――じゃあ、始めるから」



 魔女であれば、誰もがきっと、一度は願うはずだろう。

 母親に会ってみたい、と。


 家庭によって様々だが、いない理由が子供に伝えられる。


 中でもやはり多いのが、『死んだ』だろう。


 辻褄を合わせるための小さな嘘を多く吐かなくて済むからだ。

 執拗に問われても一言、そう言えば話題は切り落とされる。

 かつてはいたけど今はもういない……、

 世間との齟齬が最も生まれにくい簡単で確実な理由付け。


 本当のことなのだから作る労力も必要ない。

 だから子供たちは、一度は願い、期待するのだ。


『蘇生魔法』の存在を。


 だが蘇生魔法は禁忌とされており、扱える者は存在しない……とされている。


 存在しないのであれば禁忌というルールが作られるはずがない。

 なぜ、存在しないものを禁止しようとするのか。


 つまり誰にも使えない魔法ではないし、意外と方法さえ分かってしまえば誰もが使える魔法なのかもしれない。

 だから禁忌と定めた。


 小さかった頃は、禁忌とする理由までは分からなかったが、今なら分かる。

 そうは言っても、あくまで推測だが。


 人の命を操作するなんて、世界を支配する竜を越えた力を使うことは、均衡が保たれている世界に波風を立ててしまうためだ。


 だが、それは上の事情であって、アルアミカ個人の事情とは関係ない。

 彼女には、禁忌を破る抵抗感など欠片もなかった。



 ……蘇生させるにも条件がある。

 まず大前提に死者の肉体が場になければならない。


 アルアミカの母親の肉体は、既に消滅しているはずだ。

 つまり、大図書館の隅から隅まで調べて、やっと見つけた蘇生魔法では、母親を生き返らせることはできず――二度どころか一度さえも、会えないと分かってしまった。


 存在価値のない魔法だった……だけど、必要としている人が目の前にいるなら。

 勝手に人の命を差し出して、高見の見物をしている奴らに一泡吹かせられるなら!


「――禁忌なんて、破ってやるッ!!」


 そして。


 小さな少女の、止まっていたはずの心臓が、動き始めた。

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