第12話 目下の探し人

 たった一人の魔女を誘き出すために、大勢の人々を危険に晒して。

 死人だって出るかもしれないのに――。


「っていうか、だとしたらもうこの国まで追いついたってこと!? 一体、誰がこの国に入ってきてるわけ!?」


 追われているから助けてほしいと国王並びに騎士であるディンゴに求めたものの、明確に誰が、どこから、という情報はまったく分からない。

 どうして? は説明できるものの、漠然と追われているとしか言えない。


 しかし充分だ。

 狙われている、とだけ把握していれば、身の回りで起こる異常事態を全て自分へ結びつけられる。


 ただ、まったく関係ない事件まで、もしかしたら……、といらない心配をして心身を疲労させてしまう場合もあるが。

 この火事も、実はアルアミカとは関係ないかもしれない。


 だから下手に手を出すのは控えておくべきだ。

 ……と、思えるほど、彼女も神経が図太いわけではなかった。


「……誰……?」


 バルコニーから顔を覗かせると、堂々と門から入ってくる人影があった。

 黒いローブで体が覆われているため正体は分からないし、上から見下ろしているため体格も判別しづらい。

 少なくとも子供ではなさそうだ。


 門番はどうした? 

 ……連続する火事の対処に追われて持ち場を離れてしまったのだ。


 ……門番を離れさせるのが目的……? 


 だとすれば、狙いは王宮だ。


 ローブの内側から覗く小さな火が見えた。

 町同様に王宮にも火を放つつもりらしい。


 こうして犯人を見つけたアルアミカなら、犯人を捕まえることができる……しかし、もしもローブの中身が魔女であれば、アルアミカは自分から死地へと飛び込むことになる。


 逃げてきたのに自ら正体を現すのは愚の骨頂だ。

 なんのために助けを求めたのか。

 今はディンゴどころかほとんどの騎士が出払ってしまっている。

 王宮にいるのは国王を始めとした王族と、国王の側近である護衛数名のみ。


 アルアミカを守ってくれる余裕などないだろうし、くれたとしても心許ない。

 人手が足りない中で、いくら余所者とは言え、用意された部屋で一人のんびりとしているのも気が引ける。

 かと言って巻き込まれに渦中へ飛び込むのは避けたかった。


 悩んだ末に、アルアミカの中で線引きが決まった。

 バルコニーから飛び降り、着地寸前でローブをまるで翼のようにはためかせて減速し、物音一つ立てずに着地する。


 こそこそと移動する、遠くに見える人影の後を追った。


「……捕まえはしないけど、後をつけるだけなら……」


 その数分後、魔女の元に騎士が訪ねたが、部屋の中は当然だがもぬけの殻だった。



 ディンゴが王宮に辿り着いた時には、王宮のほとんどが火に包まれていた。

 完全に、夜の帳が下りた。


 元々、月明かりを頼りにしているだけなので夜目が利く方だが、火の明かりが暗闇に慣れる目の特性を阻害している。

 明かりのおかげで周辺は見えやすいものの、遠くの暗闇には対応できていない。


 誰もいない門を開け、王宮の敷地内へ。

 確かに、人手が足りないとは言った。

 門番は、分かりにくいが、重要な役目だ……とは言えやはりなにもせず門の前に立ったままというのは、騎士としての血が騒ぎ、落ち着かないだろう。

 せめて国王の護衛のように、王族の近くに立ち、守るのならばともかく。


 一人でも多く町に出た方がいいと思う発想も悪いとは言わない。


 ……が、


 門番が全員、持ち場から離れるのは悪手だろう。


 不自然に開いた門を見れば一目瞭然、町に紛れていた犯人が王宮内へと侵入し、あまつさえ火を点けた。

 ゆえに、護衛がいるにしても、王宮自体が王族を閉じ込め、炎で炙る凶器となってしまっている。


「姫様!」


 王宮に入り、まず通ることになる開けた廊下で叫ぶ。

 閉じ込められているだけなら叫ぶ元気はあるはずだ。

 ……しかし、耳を澄ましてみても声は聞こえてこない。


 アリス姫だけではなく……誰も。

 まるで、生存者がいないかのような静けさがあった。


「……っ」


 余分な力が全身に入りながら、階段を駆け上がり、アリス姫の部屋へ向かう。

 火に包まれ、崩れた箇所があったが、火傷も構わず腕でどかし、無理やり体を通す。

 裂けた木材の鋭利な先端がディンゴの軍衣を切り裂き、肌を抉り、焦がしていく。


 倒れてくる柱を、抜いた剣で両断する。

 剣を振る際の足の踏み込みでぎしぎしと床が軋む。

 肺が焼けるような痛みに足が止まった。

 目的の部屋までは近いはずなのに、遠い。


 ザンッッ、と強く剣を床に突き刺し、杖のようにして体を無理やり起こす。


「……死なせてたまるか」


 朦朧とする意識を覚醒させるため太ももに剣を突き刺した。

 機動力は落ちるが、その場から動けなくなるよりはまだマシだ。

 痛みのおかげで、進む意思が死ななければ、体は動くものだ。


 そうして、ゆっくりとだが、アリス姫の部屋に辿り着く。

 開いていた扉から中へ。


 目立つ天蓋付きのベッド。

 開いたままの教科書。


 やんちゃな彼女らしく、転がっているボールがあった。

(ディンゴからしたら)不気味に見える人形は、焼け溶けてしまい、人ではないなにかに見え、ゾッとさせる姿だった。


 他と比べ火の回りは遅く、立ち入れないほどではない。

 しかし時間の問題だろう。

 部屋を念入りに見回してみた。


 ……いない。

 溶けた人形を見た後だと、いなくて良かったと思えたが……当然いいわけもなく、早く見つけるに越したことはない。


 目下、最も可能性があると踏んだのが姫の部屋だったが、ここにいないとなると他の場所は思い当たらない。

 ここ『以外』全てとなるため思い当たってはいるが、絞り切れないと言った方が正しい。


 ……国王と王女は? 


 ………………それに、魔女は?


 ディンゴが引き返そうとした時だ、外からの風が部屋の中へ入り、炎を揺らした。

 同時にディンゴの体に当たり、熱された体が少しだけだが冷まされた。

 本当に僅かだ。

 ひんやりとした空気が一瞬で炎の熱によってかき消されてしまう。


 だが、その風はディンゴに気づきを与えてくれた。

 引き返していたら、きっと見つけられなかっただろう部屋の奥にある、窓の外のバルコニーだ。


 光を抑えるための、薄く、白いカーテンが揺らめくが、床に近い部分は焦げてしまい本来の長さから縮んでしまっている。

 そのためカーテンが下りているものの、足下が見えている。


 ディンゴが剣を落とし、床に落下した際の金属音が鳴り響くと共に、彼の体がバルコニーに飛び出した。


 ――見えたのだ。


 折り畳まれた足が。

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