第11話 炎の序章

 魔女と国王が会談し、王女とアリス姫が日課としている勉強の最中、いくら真面目でもさすがに暇を持て余す門番の少女騎士、そして城を巡回する英雄の後継者。


 彼、彼女たちの元へ緊急の一報が伝えられた。


 町で火事が発生した。

 


 木造の家なのでたとえ小さくとも火が回ってしまえばよく燃える。

 ゆえに普段から火の扱いに注意しているため、滅多に火事など起きないのだが、不注意や事故でなければ、意図的に第三者に火を点けられた、と言える。


 本当に火を点けた犯人がいるのであれば、問題は現在、燃えている一軒だけでなく、この先も続くかもしれない危険が付きまとう。

 人々の不安を考えると、それを伝えるのは得策ではない。

 しかし、そうなると期待していた人の目が、犯人を監視してくれなくなる。


 必然、人手が多く割かれ、近衛騎士であるディンゴも駆り出されることになった。


「怪しい人物はいたか?」

「いや、近くにはいなかった!」


 そんな騎士の会話が周囲から聞こえてくるが、怪しいとはなんだ? 

 犯人は堂々と火を持っている馬鹿ではない。

 火を点けるためには手間がかかるため、現場を押さえるのが一番手っ取り早いが、逆に言えば、行動に起こしていない犯人を見つけることは困難だ。


 もし、偶然声をかけた人物が犯人だったとしても、当然、相手はしらを切る。

 人の顔色を窺って嘘か真か見破れるわけでもない……、

 つまり、どれだけ騎士を駆り出そうが、事件を連続させないための牽制ができても、犯人を特定することはほとんど不可能なのだ。


 ディンゴが現場に到着すると、炎上する家の前で立ち尽くす男がいた。

 周囲の人々が町に点在する井戸から水を汲み、消火にあたっているが、火の勢いは弱まるものの、中々消えてはくれない。

 しかし繰り返していれば、いずれ燃えている木材が尽きるだろう。

 周囲に飛び火しなければ、一軒の火事で事件が収まりそうだ。


 それを良しとするには、一軒の被害が出ている以上、言いにくい。

 たとえ目の敵にされていた相手だったとしてもだ。


「罰が当たった、とでも思っているか? ざまあみろ、か?」

「……そうは思わないな」


「思えよ、私とお前は、そういう関係性だったはずだろう?」

「そういう関係性だったとしても、そんなことは言わないだろ。……僕たちも手伝おう、君の家だ、落ち込むのも分かるが、そうしている間に全てを失うぞ」


「それもいいかもしれない。綺麗さっぱり、最初から始めてみるのもな」


 自暴自棄になっている彼を慰める気などない。

 立ち止まるも、進むのも、彼次第だからだ。


「お、おい!? 中に誰かいるぞ!?」


 消火活動の際に壁が崩落し、中が見えるようになった。

 近くにいた騎士の一人が発見した。


 ――ベッドの上で眠る、人間の影だ。


「親父なんだ」

「……なんだって?」


「だけど、火が回る前から死んでたよ。だからこれは、丁度良い火葬になった」


 彼の横顔を見れば、笑っていた。

 途切れ途切れに、声が漏れている。


「気付かされたよ、親父が全てだったんだって」


 ディンゴは知らない。

 昔からよく絡んできて、アリス姫を取り合い、共に近衛騎士を目指して切磋琢磨してきた相手だったが、プライベートでの付き合いは一つもなかった。


 互いの父親が不仲だったからだろう……、

 親が不仲だと子も自然と付き合いがなくなる。

 敵対することで繋ぎ止められていた関係だったのだ。


 だから、思えばディンゴはなにも知らなかった。

 彼――クロコの事情なんて。


「親父がいなくなった今……私は、どうすればいいんだろうなあ……」

「探せばいいんじゃないか、守りたいと思える人を」


 暗に、アリス姫は僕が守るから諦めろと言ったつもりだった。

 それを汲み取った彼が、お前から奪い取ってやると言い返して、多少の元気が出るかと思ったが、彼は意外にも、素直に頷いたのだ。


「そうだな」


 ……いつもと違う反応を不審に思うも、目の前で起きているのは異常事態である。

 これでいつもと同じである方がおかしい。


 父親の死、家の炎上……心の整理を済ませるにはまだ早かったようだ。

 立ち直ろうが、このまま潰れようが、ディンゴには関係ない。


 自暴自棄のまま無理やりアリス姫を手に入れようとするのであれば斬り捨てるが、そうでないなら放っておくに限る。


 干渉しない。

 元々敵対していた相手だ、出過ぎた真似をしないのが無難である。


「おい!? 別の場所で火事が――」


 町の真反対で、火の手が上がった。


「まただと!? 誰か犯人の姿を見ていないのか!?」


 全員が首を振る。

 犯人探しと消火活動を同時におこなえば、人手が足りなくなるのは当然だった。

 遂には門番であるエナまで、現場に合流する。


「あ、ディンゴ!」

「ここはもう大丈夫だ、エナは別の火の手に向かってくれ!」


「分かったわ!」

 とエナが言ったそばから、新たな火事が発生する。


 今度はハイペースで、三ヵ所から発見された。


「悪循環になってきた……」


 火の手が多くなれば混乱する場が増える。

 指揮系統も乱れ、犯人を探す騎士の目も、見る場所が多くなって見落としが増えていく。

 その隙を狙った犯人がここぞとばかりに連続して家に火を点けて回っているのだ。


 密接している家ならば一軒に点けてしまえば左右に燃え広がる。

 最初の一手で対処しておくべきだったのだ(しかしそれが難しい)。

 火災場所が増えれば増えるほど、犯人は動きやすくなるし、逃げやすくもなる。


 完全に犯人のペースだった。


「そうだ……、雨だ! 国王に頼めば竜と会話をして雨を降らせてくれるはずだ!」


「でも、契約に雨を降らせる時期は決まっていたはずじゃないの……?」

「緊急事態なんだ、自分の背中が燃えていて放置はしないだろう!」


 ディンゴが王宮へ向かおうとした時だ、進路を塞ぐように炎上している家が崩落した。

 無理をして進もうとしても、熱さで肌が焼けてしまう。

 一定距離以上は近づけない。


 別の道を探すが、火の手が多くて正規ルートは使えないと思った方がいい。

 ぐるりと森に近い外周を回った方が――遠回りだが――逆に早く行けるかもしれないと進路を変える。


「エナ、みんなの指揮を執ってくれ。そういうの得意だろ!」

「得意ってわけじゃ……、って、もうっ!」


 大きく迂回し、外周を回っている間にも、火の手が増え続ける。

 遠くから見るとみるみる町が炎に包まれていくのがよく分かった。


 そして、火の手は遂に――王宮へと手を伸ばしていた。



 気付けば、日が暮れ始めていた。

 窓の外、バルコニーから町を一望すると、薄暗さを照らすように、火が増えていくのがよく見えた。


「…………まさか、わたしのせい……?」


 国王との会談にて、ここは他国と戦争をしない平和的な国だと聞いた。

 騎士が抑止力となり町の犯罪も殺人や暴力沙汰に限れば少ないと言われている(その分、窃盗や違法賭博など、監視の穴を突いた犯罪は横行しているが)。


 一つの火を起こすことに苦労しているこの国では、家に火を点ける小火騒ぎなど滅多に起こらない。

 点けたところで目立ち過ぎるため、悪戯にしてはばれる危険度が高過ぎる。


 様々な国を渡ってきたアルアミカは、この国の文明レベルが低いと知っている……こんなに連続で火事が続くとなると、本来、この国で考案されている火の点け方では説明がつかないだろう。


 つまり、誰かが助言している。


 悪意を持って町に火を点けたのであれば、恐らく手段であって目的ではないはずだ。

 火を点けたことで犯人はなにを望んでいる?


「……わたしを炙り出すため……?」

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