第8話 ライバルの末路

 王宮の重たい門が閉められた。

 無慈悲に背中を見せて去っていく仲間の騎士に声をかけるが、誰も相手にしてくれない。


「なぜです!? 私もディンゴもそう変わらない! アリス姫様を想う気持ちは変わらないのに……ッ、どうして私だけが……ッ! 国王様ッ!!」


 返事がないことに、ずるずると膝が崩れて地面に両手をついた騎士クロコに、同情の余地はない。


 たとえアリス姫への異常な執着がなかろうと、仕事を放棄した罰はとても重い。

 その点、ディンゴは姫の近衛騎士であるが、命令されれば他の仕事にも出向く。


 その間、アリス姫と会えなかったとしてもだ。


 彼は知っているのだ、姫だけを守っても、彼女を育てる環境が崩壊してしまえば意味がないことを。

 本当の意味で守るには、外堀を強固にしなければならない。


 実際、守ろうと思えば常日頃から一緒にいる必要だってないのだから。

 ディンゴとクロコの差は、騎士としての実力ではなく、大局を見ているか否かだ。


「ばーか」


 共に門を守っていた相棒にも、そう言われる始末であった。




『クロコ、どうして貴様はそう出来損ないなんだッ!』


『英雄……あいつばかりが良い思いをする……その息子が後継者だと!?』


『どうしてお前は、あいつの息子に勝てないんだッ!』


 門番に格下げされ、さらには王宮勤めの騎士ですらなくなったクロコは憂鬱だった。

 父親になんて報告するべきか考えながら遠回りをし、家を何度も通り過ぎたが、繰り返していたら日が暮れてしまうだろう。


 ……どうせ怒鳴られ、罵倒され、殴られることは確定している。

 老いによって、殴られても痛くも痒くもないのだが……、

 それでも幼少の頃に植え付けられた恐怖が彼の体を芯から震えさせた。


「クソ親父め……あんただって英雄に勝てずに泥水を飲んだんだろ……」


 自分ができなかったことを子供に押しつける、典型的なダメな親だ。

 だが、それでも唯一の親であり、家族なのだ……無下にもできない。


「親父、帰ったぞ」


『酒が切れたぞクロコォ!』


 と、いつもおかえりよりも先に吐き出される言葉が聞こえてこない。

 不審に思い、父親の部屋へ入ると、ぐっすりと眠る父親の姿があった。


「なんだ、寝てるのか――」


 ッ、と咄嗟に剣を握ったのは、父親の部屋に見知らぬ少女がいたからだ。


「あ……」


 突然の侵入者に怯え、皿に注いだスープをこぼしてしまい、床を濡らす。


 ごめんなさい! と自らの黒いローブで床を拭き出した少女の手を摑んで止めた。


「拭くものならある。……私がやるから座っていてくれ」


 拭くための布を探すため、一旦父親の部屋を出る。

 さっき見たスープは、彼女が作ってくれたのだろう。

 余った材料や使い終えた器具が部屋に置いたままだった。


「親父の隠し子とか愛人……、どっちもあり得るから困る」


 だとしたら、こんなクソ野郎の看病をするなんて物好きもいたものだ。

 父親の部屋に戻ると、眠る父親の顔に手を添えている少女の姿があった。


「どうかしたか」

「……随分前から、苦しそうにしていて……今、呼吸が止まったんだ」

「そうか」


 クロコは冷めたものだった。

 濡れた床を拭き終えるまで、一言も発しなかった。


「やっと逝ったか、としか思えなかった私も同じくクズなのだろう」


 大嫌いだった。

 いなくなればいいのにと思ったことなど何度もある。

 英雄と、その息子であるディンゴの関係性が羨ましかった。


 なんであいつばかり……。


 純粋にアリス姫を守りたい気持ちよりも、ディンゴを越えたい、見返してやりたい、褒められたい……そういう自分本位な考えが見抜かれていたからこそ、アリス姫に拒絶されていたのだろう。


 守ることを目的の手段としか考えていない奴を、誰が近衛騎士に任命するものか。


「…………認められたかった」


 いなくなって清々した。

 重荷がはずれたことですっきりした……はずなのに。


 なくなって初めて分かったのは、行動原理が父親への孝行だった。

 反吐が出る感情だが、それでもクロコは、父親を喜ばせたかったのだ――。


「私は、これからなんのために……」


 アリス姫を守る必要がある? 

 ディンゴと対立する気も起きない。

 ……勝てない、あの二人の間に、自分が入り込む余地なんてないのだから。


「私の人生は、一体なんだったんだ!?」


 頭を抱え、塞ぎ込んだクロコの肩に、手が置かれた。

 黒髪を頭の後ろで結った少女である。


「そう言えば、君は一体、誰なんだ……」

「もし、生きる理由が見つけられないのなら――」


 頬を流れるクロコの涙を、少女の指が拭い取った。


「少しだけ、力を貸してくれませんか?」




 どうしてクロコのことが苦手なの? と聞いたことがあった。

 当時六歳だった娘は、その年でありながらクロコの真意を見抜いていた。


「だって、わたしを見てないんだよ。ずっと、ディンゴばっかり見てる」


 国王も王女も、ディンゴと競い合うライバルだと思っていた。

 どちらがアリスの近衛騎士になるのか、まだこの段階では決めかねていたからだ。


 両者が抱くアリスへの執着心は一般騎士に比べて異常性があったが、アリスに言われると確かに、クロコから向けられる好意は後手であると気付かされた。


 ディンゴを追い、そう見せているだけ。

 ハリボテの忠誠心。


 かと言って、ディンゴの方に好意を寄せているかと言われたら、違うと彼女は答えた。

 おとなしそうな顔して、彼は飛び抜けて変態だった。


 ただ忠誠心だけは本物であり、命を懸けてでも守ると誓い、実行してきた積み重ねがあった――後に近衛騎士として国王に認められたのは、信用と信頼の賜だった。


 国を救った英雄の口添えもあったからだが、たとえなかったとしても彼以外に適任はいないだろうと思える。


 異常な執着心にアリス自身も困っていたりするが、元を辿れば彼女が撒いた種だ。

 小さい頃から見届けていた王女からすればディンゴがアリスに忠誠を誓うのはよく分かる。


 ……あの時、ディンゴは変わった――正確に言えば、変えられた。


 六歳の少女に、救われたのだ。

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