第7話 魔女の本音

「――待ちなさい、アリス!?」


 背後から聞こえた王女の声に、全員の視線が動く小さな影へ引き寄せられた。

 断頭台を足場に、高く跳躍したアリス姫の足裏がクロコの顔を踏んづける。


「勝手に! ――決めるなっ!」

「うごお!?」


 と、クロコの体が真後ろへ倒れ、抜きかけていた剣が鞘から離れ、床を滑っていく。


 やんちゃな行動が目立つアリス姫は、それゆえに運動神経も比較的良く、それなりの高さであったが、上手く着地できていたようだ。


 ただ――断頭台の上に、だ。

 ぎしぎし、と、思っていたよりも古い造りの断頭台が嫌な音を立て始めた。


 ぱきんっ、と鳴るはずのない音が聞こえ、固定されていたはずの刃がゆらりゆらりと円を描くように揺れていた。


 断頭台と刃を繋ぐロープは細く、古い造りであれば当然使われていたロープも経年劣化している。

 本来の用途であれば刃が落ちることに問題はないが、それは真下にいるのが受刑者であれば、の話だ。


 刃の筋道には立っていないが、固定されず不規則に揺れる刃の落下先は誰にも予測がつかない。


「――アリス、そこから離れろォ!!」


 国王の叫び声が届くよりも早く。

 ロープが迎える限界の方が早かった。



「え」


 ――ぶちっ、という音が近くで聞こえたような気がした。


 アリス姫の瞳に映る、近くで見ると思ったよりも大きな刃が光を反射させて輝き出した。

 背が高く作られたため落下まで多少の時間差はあるものの、高さがあればあるほど威力は増幅していく。


 小さな体のアリス姫ではどの部位に落ちようが刃は間違いなく彼女を一刀両断にしてしまうだろう。


 ゆっくりと、滞空していた空気を切り裂いて落ちてくる刃を見続け――、

 遅れて、やっと目を瞑ることができた時には、刃は寸でのところだった。

  


 衝突音が響く。

 なのにアリス姫の体が両断されていないのは、衝突音が金属と金属であったからだ。

 刃を受け止めているのは、二本の細い刃である。


「私の方が速かった!」

「僕の方が押し返す力は強い。君が受け止めた刃の位置は随分と端じゃないか」


 二人の騎士が落下した刃を受け止め、押し返す。

 平べったい鉄の凶器が床に倒れて、周囲の木くずを舞い上げていた。


『――姫様は!?』



 ……抱きしめられている温もりに安心して目を開けると、赤が見えた。

 一瞬、血かと思ったが、似ても似つかない親しみのある落ち着いた赤色だ。


「怪我はある!?」

「え? ……だい、じょぶ、だと思う……」


 激しく転んだような衝撃を受けたのは覚えているが、痛みはどこにも感じられない。

 彼女が抱きしめてくれたおかげで、衝撃から守られていたようだ。


 赤髪の少女が振り向き、二人の騎士に向かってピースサインを見せた。


「大丈夫みたい!」


 その言葉に、部屋にいた全員が安堵の息を吐いた。

 緊張していた場が、一気に弛緩する。



「……まったく、心臓に悪い」

「あなた、気付きましたか?」


 王女の質問に、

「なにがだ?」

 と答えるあたり、国王はアリス姫の安否にしか視線がいっていないようだ。


 対して王女は、アリス姫が助かること自体には確信を得ていた。

 だから別の角度から場を観察することができていた。


「ディンゴとクロコが刃を止めるだろうとは思っていました。心配だったとすれば刃を止めている間、アリスが一人になってしまうこと。ただ、あの魔女の子が助けてくれたおかげで衝撃から守ってくれていたようです」


「それは見ていれば分かる」

「では、誰よりも早く動き出したのが魔女の子だったと、気づけましたか?」


 ……、

 国王の沈黙は息を飲んだからであった。


「性格もあるのでしょうけど、騎士の二人はまず危険の排除を。ですが、魔女の子はアリスを第一に保護することを優先させていましたよ。ディンゴたちだけでは、アリスは怪我をしていたでしょう……かすり傷程度でしょうけど。でも、たとえ彼女一人でも、アリスは無傷で守れていたはずです」


「……確かに。だが、それが一体なんだと言うのだ」

「分かりませんか。もう、彼女の信用はこれで得られたでしょう?」


 断頭台を見せつけ、脅す必要はない。

 誰よりも早く国の姫を助けた彼女が、まさか国を滅ぼすとは思えない。

 彼女の性格からして、あり得ないと思ってしまったのだ。


 彼女の手助けをする代わりに魔女の力を借りてメリットを得ようと思っていたが、こうして助けられてしまった以上、手助けは恩返しへと変わっている。


「まさか恩を仇で返そうなどとはしませんよね、国王ともあろうお方が」

「…………分かっている」



「えへへ……、腰抜けちゃった」


 魔女アルアミカの上で身動きが取れなくなったアリス姫。

 しがみつかれているアルアミカも同様に、その場から動けなかった。


 手を貸してほしかったが、頼りの騎士二人は未だにどちらが刃を受け止めたのが速かったのか、で揉めていた。

 どっちでもいいのに……、と呟いたアルアミカは、同時に二人から否定された。


 ……人間の男って、どうでもいいことにこだわるのね。


「手は必要かね?」

「あ、はい。って、え!? 王様が!?」


 伸ばしかけた手が引っ込みそうになったところで、国王にがっしりと掴まれる。


「椅子から立ち上がらない傲慢で怠惰な王様かと思ったか? 私は活発に動く方だぞ」


 力強く引っ張られ、抱えているアリス姫ごと持ち上がった。

 腰が抜けてしまったアリス姫は足が地についても、アルアミカという体重を預ける壁がなければすぐに転んでしまう状態だ。

 そのため、アルアミカが支えていなければならない。


「感謝する」

「――いや、咄嗟に体が動いちゃっただけで、別にこれを盾にしようだなんて思ってはいない……」


 と言ったところで、それを盾に色々と要求をすれば良かったと後悔した。

 その全ての本音の変遷が透けるように顔に出ていたので、滅多に笑わない国王が、ふっ、と噴き出した。


 実の娘であるアリス姫も驚いた様子で国王を見つめる。


「……父上が、笑ってる……」


「私だって笑う。まあ、機会が少ないことは認めるが。それにしても君は隠し事ができないようだ。腹の内でなにを考えているか分からないから初対面の相手には舐められまいと強気で接していたが、その必要ももうないようだ。……君は信用できる」


 床に落ちていた帽子が国王に拾われ、元の場所へ――アルアミカの頭に乗せられた。


「事情を聞こう。困っていることがあるなら、できる限り私たちで解決すると誓う」


 引っ張り起こすために掴まれたままの手が、言葉を経て、契約の握手となった。

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