第6話 国王の判断

 国王を前にして跪いたり頭を下げなくとも、許されているのは騎士ではディンゴくらいだろう。


 周りもその態度に不満を抱く者はいない。

 ディンゴは国を救ったあの英雄の息子であり後継者なのだ……、

 誰もが迂闊に手を出せない存在である。


 例外が一人いるが、あれは規模の小さい回避できる自然災害みたいなものだ。


「父親が見つけてきまして……、少し相談が」


 緊張した面持ちで後ろで待っていたアルアミカを、前へ促す。

 おずおずと前へ出たアルアミカが周囲の視線を気にして体を硬直させていた。


 張り詰めた空間に、気を抜いたら目がぐるぐる回りそうな緊張感がディンゴまで伝わってくる。


「とうっ」


 背後からの優しい奇襲。

 アルアミカが被っていた帽子が、手で弾かれて、ぽんっ、と浮き上がって飛んでいってしまう。

 それを受け止めたのが、アリス姫だった。


 彼女は奪ったとんがり帽子を頭に被り、

「えっへへ、似合う? 似合うかな?」

 と周りに見せびらかしながらダンスでも踊るかのようにアルアミカと国王の間を動き回る。


「……アリス、ふざけているんじゃ」


「あれでいいのよ。あなたは特に見た目で誤解を与えやすいのだからもっと工夫した方がいいわ。私やアリスがこうやって手助けしてあげてるから気付かないでしょうけど。相手が話しやすいように場を整える術を磨いた方がいいかもしれませんね」


「そうは言うが、得体の知れない者にはやはり舐められては困ると……」

「あなたは敵対をしたいの? それとも、仲良くしたいの? 前者なら、私はあなたにはついていけないわ。戦争なんて、誰も望んでいないのよ」


「…………そうだな」


 アリスの突然の行動のおかげで、赤髪の少女に笑顔が戻っていた。

 硬直していた体も柔らかくなり、大分リラックスできている様子だ。


「アリス、こっちへ来なさい。……ああ、帽子は持っていいから。いいかね?」


 問われたアルアミカが頷いた。


「人数を減らそうか。――お前たち、下がれ」

「しかし、国王」

「ディンゴを残す。これで文句はないだろう?」


 はっ、と騎士の一人が答え、列のまま、謁見の間から立ち去っていく。

 残ったのは国王、王女、アリス姫の王族と、騎士ディンゴ――そして魔女アルアミカ。


 アリス姫が帽子を被ったまま、国王ではなく、王女の隣へ。

 並ぶと本当に過去と未来のような瓜二つだ。


「実在するとは知っていたが、こっちの世界にいるとは思わなかった。さて……なんの用かね……魔女」


 危険因子を取り除くか、リスクを抱えてメリットを取るか、判断を国王へ委ねる。



 よいしょ、と倒した椅子を自分で起こし、腰を下ろす。

 肘置きを利用し、頬杖をついて国王が魔女と向かい合う。


「無礼ではないかね。今私は座っている。君が立っていると見下されているような気分になるのだが……」

「あ、ごめんなさい!」


 魔女は跪く、のではなく、正座をして国王を見上げた。


「ふふっ……」

 と王女が脇で声を漏らす。


「いえ、ごめんなさいね。馬鹿にしているわけではないのよ。ただ、怒られて正座をするその素直さが可愛いと思って」


 怒られて言い訳を多用するアリス姫を見ているからこそ、尚更そう感じるのだろう。

 環境によって人の性格は変わってしまう。

 アリス姫が身を置く環境は、あまり良くはないと言えた。


「あの、魔女を知って……?」


「いや、知らん」


 腕を組み、国王がそう言い切った。


「詳しくは、知らんな。ただ、お伽噺や伝説上で語られる魔女は実は存在し、普段は別世界で暮らしている、というのは聞いたことがある。百年に数人が発見される程度だろう。古い書物を漁れば出現した魔女の容姿や性格がよく書かれている」


 いずれも、旅人ではなかった。


「理由がなければ世界を越えてこちら側にくることなどない。つまり、君には理由があるわけだ。……君の目的を手伝うのはやぶさかではない。ただし見返りは求めるが……」


 構わんな? という問いに、魔女アルアミカがゆっくり頷いた。


「信用が必要だろう。なにもないとは思うが、もしも君が私たちに不利益をもたらすのであれば――」


 タイミング良く扉が開き、車輪がついた簡易的な断頭台が現れた。


「騎士一人では魔女に太刀打ちできなくとも、数を増やせばどうだろう。取り押さえた君の頭を穴にはめこみ上から重たい刃で首を両断するつもりだ。なに、痛みはない。一発で綺麗な断面になるだろう」


 魔女でも女の子だ。

 男手数人いれば取り押さえるのに苦労はしない。


「ん? おい、下がれ」


 断頭台を運んできた騎士二人の内、一人がまだ残っていたようだ。

 やはりタイミングが良かったのは打ち合わせ通りだったからだろう。

 時間通りなのか、合図を出していたのかは、横で見ていたディンゴには分からなかったが。


「アリス姫様、私の話を聞いてくださいッ!」


 と、さっきまで門番を務めていた、高身長の男がなぜか断頭台を運んでいた。

 ディンゴもよくやることがあるが、ばれない程度に他人と仕事を入れ替えることは可能だ(ばれないようにしているので業務上可能ではないのだが。もちろん許可など出ない)。


 騎士の間でも暗黙の了解で通っている。

 しかし今回の彼の行動は大胆過ぎる。


 アリス姫様に会いたいがために仲間に頼んで仕事を入れ替え、しかも国王の前に顔を出したらばれて当然である。


「ひぃ!?」


 アリス姫が本気で怯えて王女の背に隠れる。

 ドレスを強く掴まれる王女も、

「あらあら」

 と自分の頬に手を添えながら、さすがに苦い顔をしていた。


「クロコ、貴様は門番に任命したはずだぞ! 王宮内に入ることも許可していない!」

「承知しています、しかし、アリス姫様に会うには仕方ありませんでした!」


「貴様をアリスから離すために門番にしたことを忘れるな!」

「なぜです!? 私こそ、アリス姫様の近衛騎士に相応しいと言うのに!」


 ディンゴが腰の剣に手を置いた。

 アリス姫への好意を隠さない相手であれば、危害を加えたりはしないはずだが……、

 怪我がなければいいものでもない。

 

 毒になるものを見せ続けるわけにもいかないのだ。

 騎士クロコがこちらの敵意に気付いたようで、視線がぶつかる。


「……私はもう、お前よりも強いぞ」

「一騎打ちでこてんぱんにやられた奴がなにを言っている」


 国王が呆れた様子で言葉を返した。


「あの時とは違います! おいディンゴ! 私ともう一度勝負をしろ! 私が勝てば、近衛騎士の座は私が引き継ぐ!」


「僕は構わないが……」

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