第4話 姫様の戸惑い

「なにやってるのっ!」


 と、丸く柔らかい声質が門の内側から聞こえてきた。

 方向は上、三人が見上げる。

 高い外壁の上から顔を覗かせていたのは、金色の髪を伸ばした、十歳の少女である。


「あんたこそなにやってるんですか、危ないから下りてください」

「おまえが全然帰ってこないから、こうしてむかえにきたのだろーが」


 騎士の会話をよく盗み聞きしているせいで荒っぽい言葉遣いが移ってしまったようだ。

 額を押さえるディンゴも、荒っぽい口調と共に姫様への敬語が混ざって、中途半端になってしまっていたが。


「よっ」


 外壁の上から飛び降りた十歳の少女をディンゴが受け止める。

 軽い。

 白いドレスの端が汚れているところを見ると、また部屋から抜け出してきたらしい。


 ……あの厳しい国王が正当な許可なく自分の娘を部屋の外に出すわけもないだろう。


 牢屋の中のような生活に飽き飽きし、抜け穴やディンゴの手を借りて抜け出そうとするのは必然とも言える。

 母親である王女は知っていながらもあえて見逃しているようなので、全面的に娘を閉じ込めることに賛成ではないらしい。


 国王の気持ちも分かるが。

 この姫様は、監視していなければどこでなにをするのか分かったものではないほど、やんちゃな性格である。


「……おい、下ろせ」


 抱えた姫の、手に触れる肉感に意識が奪われかけたところで、はっと意識を取り戻す。


「――姫様、下ろしますよ」


 抱えた姫を足から地面へ下ろす。

 首に回されていた手が最後に離れた。


「ん、今! さり気なく胸を触った!」

「触っていませんよ」

「嘘ッ、だって『やっぱりないか』ってちいさく呟いたくせに!」


 心の中で思っただけだったが、口に出していたようだ。


「特別、胸に思い入れがあるわけではないですから。華奢な体、白い肌、肉の弾力……姫様に触れられているだけで満足です」


「き、気持ち悪いッ!」


 そう拒絶されても、ディンゴは慣れたように、ともかく、と話題を元に戻した。

 大騒ぎするのはアリス姫だけで、周りにとっては日常の光景と言える。


「飛び降りたら危ないです。僕が下にいたからいいものを」

「おまえがいるからだよ。……違う、そうじゃなくて――、大事な時に、どうしておまえはそばにいないんだ!」


 姫はご立腹のようだ。

 どうして、と言われれば仕事だったからと言わざるを得ない。


「わたしの近衛騎士だって仕事でしょー!」


 それもそうなのだが、国王からの命令で傍を離れていたのだ。

 つまり、ディンゴが傍にいては困ることをしていた。

 ……となると、姫様にとっても良くはない時間だったことがよく分かる。


「縁談縁談えんだん……もううんざり! わたしはまだ結婚するような年じゃないのに!」

「ですけどもう十歳ですからね。人選びは何年かかってもいいから、国王が認める相手にしたいんでしょう、きっと」


「だからって、おっさんと向き合っても困る……」

「そいつは後で斬っておきます」


 外壁に刺さっていた剣を抜き、鞘に叩きつけるようにしまう。


「……ディンゴ、一応言っておくけど、本当に斬ったらダメだからね?」


 姉からの忠告に、さすがにディンゴも理解している。


「もちろん、冗談だって」

「冗談に聞こえないのよ……」


 彼女の呟きは聞こえず、姫に引っ張られて門の内側へ入る。


 後ろでは、


「ちょっと、どこに行く気?」

「? アリス姫様の護衛だが」

「門番の仕事を放り投げて? 追い出されたんだから繰り返すだけよ?」


 門番である男がさり気なく内側へ入ろうとしていたところだった。

 すると、彼がこちらに手を振る。


「アリス姫様! 私もお供しますっ。あなたの役に立ちます!」


 振り向いた姫は、見下した冷たい目線で彼の決意を一蹴する。


「いらない。気持ち悪いから二度と近づかないで……」


 最後には、汚物を見るかのような目で。

 門が音を立てて、閉まり切った。




「あいつの行き過ぎた好意は目に余りますよね」

「…………ッ!?」


 ディンゴの言葉に、アリス姫が言葉を失った。

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